第226話 対王都軍開戦前。


 いよいよ、王都の正規軍とコウリ教会聖騎士団の軍勢がメオンの街に迫ってきた。



 軽トラカーナビの『索敵』マップで見ると、敵はろくな陣形もとらず、無秩序に広がりながら亀のような歩みで近づいてくるのがわかる。


 敵の数は、馬にまで立派な装飾を施した、鎧兜に武器を装備した聖騎士団の騎兵が200騎ほど。それに追随する王都正規軍が約2,000。

 

 騎馬部隊の聖騎士団といえば屈強な軍勢と思いがちだが、その行軍はまちまちであり、各々が自由に、いや、自分勝手に馬を駆っており、ただ進行方向が同じだけの集団である。

 

 王都正規軍は、全て歩兵。正規軍という名前が名ばかりであるのが分かるほど無秩序であり、粗末な槍を背負っただけの農民兵であることは離れたこの場からも一目瞭然だ。

 


「これは、予想よりはるかにひどい。練度もへったくれもない軍勢だ」


 軍の行進とは、それ即ち訓練の練度の現れ。より整然と、より迅速に移動を行える集団というのはよく鍛えられている証左である。


 それを鑑みるに、この軍勢はもはや軍と呼ぶことさえおこがましい、烏合の衆以下の単なる人の集団だと見て取れる。



「よくもあんなざまで我が辺境伯領を落とすなどと考えたものだな。敵が弱いのは重畳だが、舐められすぎるのも腹が立つものだ」


 ミシェル辺境伯が憤っている。その気持ちはよくわかる。



「辺境伯様、お怒りのところ申し訳ないですが、ここはまだ貴公の出番ではないですよ。まずは、ウォルフ司令官と、ウチのつじちゃんに任せましょう」


「ああ。婿殿――感謝する。改めてお礼を言わせてほしい。婿殿が現れて、我らに与してくれなければ、いまだ我が娘のノエルは得体のしれない呪いに苛まされ、その命をも握られていた。そんな状況で、このように軍勢を出されたのであれば我には打つ術がなかった……。婿殿のおかげで――ようやく戦えるのだ。もう一度言う。感謝する!」


「そうですわよ、シンジ殿。わが男爵領も、シンジ殿が現れてくれなければいまだ辺境伯様との同盟もならず、孤軍奮闘及ばずにあの兵士たちの暴虐に飲み込まれ凌辱され潰えていたでしょう。それが、このように反撃どころか正面から相手取ることが出来るなど夢のようです。まして、そのような方がわが伴侶になっていただけるなどと……ああ、わたくしは一生貴方に身も心も捧げますわ」


 ミシェル様。領主と父親との立場がせめぎ合って苦労してたんだな。あとセレス様、感謝はいいのだが後半話がズレちゃってますからね?

 



 さて、感謝の言葉も頂いた。


 次は、勝利の勝鬨を聞かせてもらうとしましょうか。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇










「整列!」


 辺境伯軍指揮官、ウォルフさんの号令で、一糸乱れぬ5列横隊を組み上げる兵士たち。

 

 その姿は、獣人や亜人の多く所属する辺境伯軍精鋭部隊97名。その面々は、各々騎乗している。といっても、乗っているのは軍馬ではなく、我らが羊軍団である。


 敵は騎兵、歩兵合わせて2,200人の大軍勢。それに対して97人で迎え撃つにはいささか兵力不足と思われるが、兵士たちのまなじりは勝利を確信している。


 司令官のウォルフさんは、羊リーダーのつじちゃんの背に乗り、皆の先頭に立っている。



「これより、我らが家族、そして誇りを守るための戦いが始まる。各々方、油断せぬように! いざ、進軍!」


 辺境伯軍と羊たちの連合軍、羊騎兵隊はゆっくりと前進し、無秩序に進軍してくる王都軍の前に姿をさらす。 



 こちらに気付いた王都軍が足を止め、その姿を見るや否や。


「わっはっはっはっはっはっは!!  見ろよあれ! 羊なんかに乗ってやがるぜ! 辺境の田舎の卑しい連中は馬にも逃げられたんだとよ!! はっはっは!」


「それに見ろ! たったのあれっぽっちしかいやしねえ! 辺境伯軍は精鋭の大軍勢と聞いていたが、獣人たちを保護するような領主様に呆れてみんな逃げだしたんじゃねえのか!」


「はっはっは! ちげえねえ! よく見ればあいつら獣人と亜人がほとんどじゃねえか! まともな人間も、馬すらも残ってねえなんて、とんだ辺境の雄だぜ!」



 まさに言いたい放題だ。まあ、これに関しては無理もない。2,200の軍に対して、わずか100。


 しかも羊に乗っている獣人たちの混成部隊なのだ。


 向こうの言っていることはすべて真実なのだから、何ら反論することもない。




 だが、我らの軍はそのような嘲笑など意に介さない。


 ただひたすら陣形を固め向こうの出方を待つ。





 そう、こちらから手を出すわけにはいかない。


 これは名目上、合同の軍事教練であるのだ。こちらから手を出しては、まさに反乱軍認定をされてしまい、非がこちらにあることになってしまう。



「そちらの指揮官どのはいずこか?」


 ウォルフさんが王都軍に呼びかける。



「私だが?」


 向こうからは他の騎士団員とは意匠の異なる装飾を施した聖騎士の鎧兜に身を包んだ男が一人、馬に乗ったまま歩み出てくる。



「これはこれは異なことを。今回の教練は、王都正規軍と聖騎士団との合同訓練と聞いていたのだが? それならば、軍の指揮は王都軍の将帥が執るべきであろうに、なぜに教会の方が指揮官であられるのか?」


 ノコノコと前に出てきた聖騎士団の指揮官が、しまったというような顔をする。そうなのだ。あくまでもこの場は王都正規軍との合同教練の合流場所。


 この場で聖騎士団が前に出てくることは、今回の派兵のイニシアチブが教会側にあるという事を自ら語っているに等しい。うかつだな。



 どうやら、最初の舌戦のマウントはこちらに軍配が上がったらしい。

  



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