第227話 開戦。
「なにゆえ、教会の方が王都正規軍までをも率いていおられるのですかな?」
辺境伯軍指揮官のウォルフさんが、向こうの指揮官を問い詰める。
向こうの指揮官――後で知った話だが、聖騎士団副団長で、伯爵家の悪ガキ4男坊がそのまま大人になって教団に加入し、副団長まで上り詰めたのだとか。
その副団長は、しまったという顔をした後にあからさまに動揺しているようだ。おそらく、彼のような人間は想定外の事態に慣れていないのだろう。
貴族として生まれながらに周囲にかしずかれ、自らの言動を全肯定され。そうして道を踏み外しても取り巻きどもにさらに持ち上げられ。
失敗とか、挫折とかを経験したことのない人間にとって、臨機応変な対応は難しい。
たちまち、癇癪を起して周りにいた歩兵――本来は王都の正規兵であるはずだが――を足蹴にして何やらわめいている。
その言葉の断片は「チクショウ、順番が違う」「あいつらは後から来るはずじゃねえか」「セレスティーナが逃げちまったらどうすんだ」などといったもので、どうやら彼の目論見は、先にメオンの街を我がものにして蹂躙し、それから辺境伯軍に当たるつもりであったようだ。
そうして、彼はとりつくろう事を放棄した。
「うるせえ! たかが田舎の貴族の使用人で獣人ごときがこの俺様に対等に話しかけるんじゃねえ! もうこうなったら何もかもめんどくせえ! おまえら! この獣人どもを蹴散らしてしまえ!」
よし、キレてくれた。これで、あの副団長は合同教練に駆け付けた辺境伯軍に謂れもなく攻撃命令を出したことになる。
正当な裁判や評定などあるかは不明だが、これで辺境伯側に非がある事にはならないだろう。
「合同教練の名のもとに出向いた我らに対し、数々の無礼な振る舞い! それだけにとどまらず我らに矛を向けるとあらば、われら辺境伯軍一同、辺境伯様の名誉を守らんがためにも応戦致す! 全軍突撃!」
互いの指揮官の号令と共に、両軍は激突を始めるべく整然と前進する。はずが。
敵の動きは、戦とは思えぬ異様な動き。
なんと、騎馬に乗った聖騎士たちの大半は、号令と共に歩兵たちの裏に逃げ隠れする動きを見せる。
残ったほかの騎兵たちは、辺境伯軍の女性獣人兵士を見つけると何やらオレが一番先だとかぬかしながら歩兵を前にして女性兵士を取り囲もうとする始末。
忠実に槍を構えて前進をする歩兵たちは、目がうつろで覇気もなく、陣形や隊列など関係なしにただひたすら前進してくる。
それでも、数だけは多い王都軍の動きは、砂埃を上げ、圧倒的な物量でこちらへと迫ってくる。
敵の無秩序な前進に対して辺境伯軍は、
「密集陣形、横2列! 前列は並足前進にて防御隊形! 後列はそのまま待機!」
ウォルフさんの号令の下、4列横隊だった陣形があっという間に2列横隊へと並び変わり、敵に近い前列の部隊が歩行するくらいの緩い速度で相手との距離を詰めていく。
前列は白毛魔羊48匹に乗った獣人部隊。獣人の中には熊獣人や獅子獣人などの身体の大きな力強い種族が多く騎乗している。
そして接敵。ますは、女性兵士をめがけて突進してきた足の速い聖騎士団の騎兵たちが、構えた長剣を振り下ろして女性獣人の騎馬? 騎羊? に襲い掛かる!
「防御ーーー!!」
もふっ
なんと、羊たちは防御の指示と同時に羊毛を肥大化させ、敵の斬撃を無効化する!
肥大化させた羊毛のまま、密集陣形でそのまま前進する羊騎兵たちは、さながら綿菓子のブルドーザーのよう。
遅れて接敵した歩兵たちの槍も、もこもこ羊毛ガードには通じず羊毛の波にのまれて押し返されていく。
300ほどの敵兵を羊毛で押し返したその時、
「後列突撃用意ーー! 3,2,1,突撃開始ーー!!」
ウォルフさんの号令の下、後ろで待機していた黒毛魔羊の騎兵達が猛スピードで突進を始める。
前列の白毛魔羊騎兵たちは、密集陣形を解き、隣との間隔を空けて黒毛魔羊の騎兵たちが突撃するスペースを確保する。
そうして、勢いをつけた黒毛騎兵たちが、白毛騎兵たちの間を縫って敵の集団に激突!
黒毛魔羊達は、そのもふもふ羊毛を「高反発」にして、接敵した敵を次々と撥ね飛ばす!
飛ばされた敵兵は空高く撥ね飛ばされ、次々と地面にたたき落されていく。
どうやらこの攻撃、羊たちが軽トラの撥ね飛ばし攻撃を見て自分たちで練習したらしく、『撥ねる』ときは羊毛を高反発モードにして撥ね飛ばしの威力を増しているらしい。
しかも、身体に優しい柔らか羊毛の肌触りはそのままということでぶつかられた相手にダメージを与えることはない。敵兵のダメージはせいぜい地面に落ちた時の衝撃くらいのものだろう。
それだけではない。羊たちは、なんと、撥ね飛ばすと同時に自分たちが元から持つ能力、「眠り魔法」を相手にかけているのだ!
これによって、飛ばされた敵兵たちは深い睡眠状態のまま撥ね飛ばされ、その後地面に落ちても目覚めることもなく戦闘不能となるのだ!
「突撃ーーやめっ! 黒毛隊、そのまま密集して防御陣形! そのまま防御! 白毛隊、突撃準備ーー!」
そうして、突撃していった黒毛騎兵たちはその足を止めて横一列に密集し、最初の白毛騎兵たちと同様に密集もふもふ防御陣形をとり、後列に回った白毛隊が更なる突撃準備を整えるのであった。
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