第224話 聖騎士団副団長


「ふむ、ようやくここまで来れたか。」


 王都を進発し、メオンの街まであと50㎞あたりの地点まで進軍した王都軍とコウリ教聖騎士団は簡易な陣を敷いて休憩を取っていた。


 コウリ教聖騎士団、副団長であるロゲール・ゲレッセンは苦々し気に言葉を吐き捨てる。


 獣人を庇護するメオン男爵領とセイブル辺境伯領。これらを、教義に反するものであるとして糾弾し、また国に対する叛意もあるとして討伐ないし要地の占領が今回の本来の任務である。


 名目上は、メオンの街から北方に位置する『境界の森』の魔物討伐を兼ねた軍事訓練となっているため、まだ表立っての動きはできないのだ。


 だというのに、あの馬鹿どもはもうすっかり街での略奪をどうするか、獣人の女はまずは小隊長が味見しないととか、気が触れるまで何人相手にできるかとか、下は何歳、上は何歳までいけるかなどと下種な話題で盛り上がっている。許可もしていないのに酒を飲んでいる奴もいる。 


 本当にこいつらは頭が悪い。今はとりつくろわねばならぬというのに。


 そんな欲塗れの振る舞いを最初からしていたのでは、せっかくの獲物が逃げてしまうではないか。






 これから、我々は栄えある聖騎士団として、王都から派遣された正規軍ともに整然とメオンの街に入場し、領主の館に招かれねばならないのだ。

 

 筋書では、領主の館に招かれたのち、その場で領主の邪教徒認定や反乱軍認定のための証拠が見つかったとでっちあげを行い、それからなし崩しに略奪という名の宴に突入する算段なのだ。

 

 ロゲール・ゲレッセンの狙いは、気高く男勝りと評判の高いメオン男爵領の当主、セレスティーヌ・メオン男爵である。


 普段の遊んでいる色街の遊女とも、人間扱いとも言えないように嗜虐的に扱うことのできる獣人奴隷よりも。


 青い血と言われる、気高くも美しい女性を意のままに組み伏せたいという欲望が彼の中には渦巻いていた。


 それなのに、今から粗暴な振る舞いを見せて警戒されてセレスティーヌに逃げられでもしたらどうするのか。


 客をもてなすための正装、優雅な夜会用のドレスを引きちぎり楽しむことが出来なくなってしまうではないか。



「まったく、これだから知能のない奴らは……。あいつらが疲れただの休憩しろだの馬車を持ってこいだのと騒いだせいで到着が大幅に遅れているというのに。俺は、はやいとこあのセレスティーヌの柔肌を切り裂きたくて、味わいたくて仕方がないというのに。それに、いざ獲物を前にしてのあの振る舞い。貴族とは名ばかりの低能どもめ。メインディッシュを味わうためのスパイスの利かせ方も知らんのか」


 そうつぶやくロゲールの股間は既に膨張し、聖騎士団の紋章の入った鎧の前垂れを大いに押し上げていたのであった。








 ロゲール・ゲレッセンは、クスバリ王国のれっきとした伯爵家の4男である。


 ゲレッセン伯爵家の家督は長男が継ぐことは当然ロゲールが生まれる前から決まっており、家を代表して勉学に励むなどといった意識はかけらも持っていなかった。

 

 長男を補佐して家を盛り立てようとする次男や3男とは違い、幼少期から悪い仲間たちとの悪い遊びを覚え、貴族の家柄から来る豊富な資金力も相まって、街の裏の顔とも顔なじみとなるほどの放蕩ぶりであった。

 

 成人となる年齢を過ぎても行動を改めることもなく、悪ガキがそのまま金と権力を持ったまま大人になってしまったロゲール。

 

 そんな折、とある路地裏で見つけた獣人の子供を遊び半分で足蹴にして遊んでいたら、コウリ教のローブを来た怪しげな男に声を掛けられた。


「汚れた存在の獣人に一切の情けを考えることなく苛烈な罰を与えるあなたの行動は称賛されるべき。ぜひ、教会の一員となって神の教えを広める一助となってくれないか」


 と。

 


 毎日に退屈していたロゲールはこの誘いに乗った。


 貴族の血を持つロゲールは、きらめくような鎧兜と長剣を与えられ、聖騎士団の所属となった。


 もとより、伯爵家では剣や学問の家庭教師がつき、先天性の能力もそれなりに持っていたロゲールは、聖騎士団内で思わぬ頭角を現した。


 彼がもっとも活躍した場面。それは、国内の村々をめぐっての邪教徒狩り――獣人や、それをかくまう連中への弾劾と暴力であった。



 彼の考案する狡猾な策は、慎重に隠れ住む獣人たちを効率よくあぶり出す。


 年端もいかない獣人たちに首輪をつけてその体の自由を奪い、その親を人質にとるという非道な手段で心の自由までをも奪い、その親たちの見ている前で男児であれ女児であれ容赦なく組み敷く彼への教団内の名声は上がっていく。


 そうした、彼にとっては充実した日々を送っているうち、顔も名前も知らない聖騎士教団の団長と、これまた顔も名前も知らない高位の枢機卿という人物たちに呼び出しを受けた。


 「汝に福音を与える」という言葉とともに、彼には10秒ほど目を合わせた相手の自由意志と心の活力を奪い、さらに魔力を持つ言霊で以て自分の意のままに動く傀儡となすような能力が与えられる。


 それと合わせ、聖騎士団副団長という役職も。



 そして今、自ら洗脳を施した王国の兵士たちと、獣人や弱いものをいたぶる事のみに長けた聖騎士団を引き連れて、『境界の森』の魔物退治と軍事教練という名目を掲げ進軍する。


 国内で獣人たちを匿う最大勢力、セイブル辺境伯領とメオン男爵領を蹂躙するべく、討伐隊という本質をもつ武装集団と化して。



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