第124話 昏倒。

「ルンちゃん!」


 アスファルトの路面から何かを読み取ろうとしていたルンが、いきなり頭を抱えて倒れた。



 側にいた緒方巡査が直ぐに側に駆け寄り、ルンの身体を支える。


 オレも駆け付けたいが、今は交通整理中。オレがこの場を離れれば通行車が倒れたルンに向かって行ってしまい、事故が起こるかもしれない。


「緒方巡査! ルンの意識は!」


「呼びかけに反応なし! 身体が熱く、ひどい熱です! 荒い呼吸! 心臓鼓動早いです!」

 

 救急車? いや、ルンは異世界から来た人間だ。


 本署に運んで、主治医? の大学病院の医師に連絡をして指示を仰ぐまでうかつなことはできない。




 やばいな。この場では手が足りない。


 

 ルンを抱えて軽トラの荷台に乗せるのには緒方巡査一人では厳しい。

 

 ルンを病院に運ぶにも、オレは運転、緒方巡査は荷台で付き添い。となれば、駐在所のパトカーを放置することになってしまう。

 



 人の手が必要だ。

 


「――上中岡移動から本署各課!」  


 オレは署内系無線機を取り出し、応援を頼むべく無線機に叫ぶ。


「――丸舘地域です! どうぞ!」


「――丸舘交通、どうぞ!」


「――丸舘捜査、どうした!、ルンちゃんの件か! どうぞ!」


 各課の係長クラスが一斉に無線に応じる。刑事課はおそらく恩田課長だろう。



「――現在、例の失踪地点で見分中。同行している交通指導隊員ルンが突然倒れ、発熱、意識消失! 本職は交通整理、緒方巡査が介抱中! 至急応援願う!」


「「「――了解!!」」」


 各課一斉に返答してくる。あれ? 無線って一度に一チャンネルしか送話できないはずだが……。まあいい、ほぼ同時の時間差だという事で納得しよう。


 すぐさま、パトカーのサイレンの音が聞こえてくる。おそらく側にいた誰かが無線を聞いてこちらに向かってきているのだろう。


「――丸舘地域より、上中岡移動! 他各員!」



 お、呼びかけだ。


「――上中岡移動です! どうぞ!」


「――えー、交通指導隊員ルンの主治医に連絡済み。主治医はこちらにDrヘリで急行する予定。応援来次第、速やかに本署に戻られたし! どうぞ!」



「――了解!」



 さすが警察の上司だ。行動が早くて的確だ!


 そんなとき、早くも応援のパトカーが到着した。


 パトカーから降りてきたのは、早坂と交通巡視員。どうやら検問の場所はここから近かったらしい。



「武藤さん! 指示願います!」


「早坂はオレに替わって交通整理! 長谷川さんは緒方巡査と一緒にルンを軽トラの荷台に!」


「「了解(はい)!!」」


 長谷川さんとは、早坂と一緒に来てくれた交通巡視員(女性)さんだ。緒方巡査とは、たまに署内で雑談している姿も見るので仲は悪くないのだろう。



 緒方巡査と長谷川さんは、ルンを抱えて荷台に横たえる。


「よし、緒方巡査はそのままルンの介抱、長谷川さんは駐在所のパトカーを

運転して本署についてきてくれ」


「僕はどうしましょう?」



「早坂は、現状を無線で本署に送って、その後、あとをついてきてくれ!」


「了解!」



 オレ達は、パトランプを点灯させ、サイレンを吹鳴させて急ぎ本署へと向かった。


 ルンを軽トラの荷台に乗せたオレ達は、丸舘署に到着した。


 待ち構えていた刑事課長や地域課長が、軽トラを車庫の中に誘導する。


 車庫の中には、先日主治医が来た時に簡易の診療所となった仮設テントが張られており、緒方巡査と、少し遅れて到着した巡視員の長谷川さんがルンを担架に乗せて運び入れる。


 いまだルンの意識は戻らないが、激しかった呼吸は落ち着いてきており、小康状態なのだろう。


 それから15分ほど経過し、爆音とともに署の屋上にDrヘリが着陸し、主治医の大学病院の教授様が他2名の女性医師か看護師かを連れて車庫に到着する。


 医師が診察に入って十数分後、テントから出てきた医師が大丈夫だと告げ、署長をはじめ集まった署員たちは安堵のため息をつく。


 医師の説明によると、どうも知恵熱のような類の症状であったらしく、点滴をして今は意識も戻り、発熱も落ち着いている。


 また、先日の検査結果も含め、ルンの身体は地球の人間と全く同じ組成であり、軽トラから離れられない理由は、いまのところ医学的には不明とのこと。


 医師が帰ったあと、署長たちはテントの周りでやきもきしていたが、まさか病人で、且つ女性であるルンの病室? テントに踏み込むわけにもいかずその周りをうろうろしている。

 

 テントから顔をのぞかせた緒方巡査が、長谷川さんと一緒にルンを支えてテントから出てくる。


 ルンは、顔色は悪いが目に力がある。大丈夫のようだ。



「ルンちゃんが、早くおうち駐在所に帰って寝たいというので起こしました。長谷川さんには、駐在所のパトカーを運転してもらいます。早坂巡査、申し訳ありませんが、長谷川さんの迎えをお願いできますか?」


 すぐに頷く早坂と長谷川さん。軽トラの荷台に乗り込むルンと緒方巡査を、署長はじめ署員みんなが心配そうな目で見つめている。


「武藤! 何かあったら連絡よこせよ! うちのカミさんを向かわせるから!」


「武藤君! 荷台に人を乗せるときは、パトランプ点灯させておけよ!」


 恩田刑事課長と交通課長が声をかけてくる。


 了解ですと返事をして、オレ達は駐在所に帰ってきた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ルンを自室? である3畳の小上がりに上げ、緒方巡査が布団を敷いて寝かせている。


 まだパーティションの部品が届かず壁に当たる部分のリフォームが終わっていないので、オレはカーテン越しに声を掛ける。


「話しをしても大丈夫か?」


「うん、晴兄ちゃん。大丈夫だよ」



「そうか、あの時何があったか話せるか?」


「うん。なんて言ったらいいのかわからないけど……。とてつもないものがあの場所に流れ込んだみたい……。そして……その中に……一瞬だけど、わたしも見えたの」

 

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