第125話 聞き込み。


「うん。なんて言ったらいいのかわからないけど……。とてつもないものがあの場所に流れ込んでいたみたい……。そして……その中に……一瞬だけど、わたしも見えたの」


 ルンが自信なげに語り出す。


「最初に感じたのは戸惑いと驚き。たぶん、この世界の人のだと思う。そして、すぐにその場から感情が一切消えた。たぶん、その本人もその場から消えたんだと思う。だから、私の代わり? に私のいた世界に飛ばされちゃった人の感情だと思うの」


 ふむ、なるほど。予想していたとはいえ、これで軽トラごと失踪した人物はあの場所でいなくなったことが裏付けられるな。とはいっても従来の日本ではあくまでも個人の見解とか予想の範疇と見做されるから、この通り報告したとしても証拠証言とはならない。

 

 だが、諸々のルンに対する国家規模と思われる対応の速さ。国と言う組織がルンが異世界から来たと認識しているのであれば話は別で、今後は有力な証言となるのかもしれない。まあ、それにはルンの『精神操作魔法』の件も暴露する必要があるわけだが。


「で、消えちゃったその先に、私の元の世界が一瞬だけ見えたの。私が、水たまりに落ちる瞬間の感情。なんか、自分の感情を外から見るのって不思議な感じだった。」


 例えるなら、知らないうちに撮影された自分の動画を見るような感じなのだろうか?


「で、そのあと、私を探そうとするセヴル兄たちの感情も一瞬見えて……。そこで、感知の領域を目いっぱい広げちゃったんだ。」


 そうか、向こうの、兄妹たちの名残。それをもっと見たいと思うのは自然なことだ。


「そうしたら、なんか。とてつもないもの? イメージの奔流みたいな感じの、あ、例えるなら、志穂ねえちゃんに見せてもらった『ねっとどうが?』 みたいなのが何百も直接頭の中に入り込んでくるとでもいうのかな? そんな感覚がしたと思ったらそこから意識が無くなっちゃった」


 医師は『知恵熱』みたいな症状と言っていた。おそらくは、そのイメージの奔流がルンの脳に過大な負担をかけたのではないか?


「あ、それでね。その膨大なイメージみたいなものの中に、晴にいちゃんの『けいとら』とおなじような魔道具が一瞬見えたり、あとは……『ぎゃー』とか『うわー』とか『※にあえー』とかいう叫びみたいな意識と……それとは別の意識で……『ひ♯ひ♯り♯くる※のつい▼ひ♯ひ♯り♯※ほう』……っ! だめだ。思い出せない……」


「いい、ルン。無理するな」


 無理に思い出そうとすればまた発熱するかもしれない。


 今日のところはゆっくり休ませよう。


 その後、駆け付けてくれた恩田課長の奥様と緒方巡査にルンの付き添いをお願いし、オレは自分の官舎に戻った。


 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ルンが熱を出して倒れた翌日、オレは駐在所のパトカーで聞き込みに出ていた。


 ルンは大事を取って駐在所で休ませ、緒方巡査が付き添っている。当然、軽トラもルンの側、駐在所の車庫に置いたままだ。


 今日一日、ルンと一緒にいることになった緒方巡査は、


「わーーーーーーい! ルンちゃんと二人っきりーーーーーー! なにしてあそぼうかなーーーーーーー!!」


 とはしゃいでいた。お前は小学生か。


 だが、先ほど国道で駐在所の方に向かう交通課のミニパトを見かけたので、おそらく巡視員の長谷川さんあたりが突入してきて、緒方巡査のルンと二人っきりと言う野望はむなしく潰えるだろう。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 今日のオレの聞き込み先は、例の軽トラごと失踪した場面をたまたま目撃し、ドライブレコーダーの動画をたまたま撮影した人のところである。


 その人の勤める会社にお邪魔し、受付の人に来意を告げる。

 

 その会社は、市内の総合商社というような会社で、警察署でもストーブやらLEDの蛍光ランプやらを発注しているところだ。

 

 応接間に通され、受付の女性が淹れてくれたお茶をすすっていると、ドアの外からなにやら声が聞こえてくる。


「—――――いやー、ぼくくらいになると、警察さんもその知識とか見解とか、何度も聞きたくなるんだろうねえ」


 ?


 なるほど、確かにこの人物には一度刑事課の人間が、目撃の状況の聴取やドライブレコーダーの動画のコピーをもらう際に、通常の失踪事件としての話を聞いているはずだ。 


 だが、今の物言いはなんというか……イラっと来る。


「いやー、お待たせいたしました。いやいや、ぼくくらいになると仕事が忙しくて、手短にお願いできますかねえ?」


 斉藤と名乗るその男は、いかにも忙しいです、わたしは仕事ができるんですというようなそぶりで応接室に現れた。

 ドアの隙間から、受付の女性が失笑しているような表情が一瞬見える。


「あ、お忙しければ結構です」


 オレはお茶を飲み干し、ソファーから立ち上がる。


「えっ? いやいや、少しなら大丈夫ですよ!」



 警察が話を聞きに行けば、露骨に訝しがるか、嬉々として喜ぶか、多くの場合対応が二つに分かれる。帰ろうとしたオレを慌てて引き留めるコイツは後者だろう。

 

 警察から話を聞かれることがうれしいのだ。たぶん、なにか謎の優越感を感じているのだろう。

 悪いが、そんな輩に向けてやる愛想はない。


 そして、こういうやつは得てして、想像で話を盛ったりとか、聞かれてもいないのに持論を語りはじめたりとか、話ばかりが長くなりその内容は薄っぺらか空っぽである場合が多い。


 仕方なく、オレはソファーに座り直し、刑事課の聴取内容とは違う内容、なぜそこを通ったのだとか、ドラレコを装着したきっかけだとか、ルンの能力とか異世界に関連が出てくるかもしれない、スピリチュアルや因果論的、時にはオカルトも含め、多方面からの話を進めたのだが、出てくる話は自分が有能だとか、ドラレコや車の自慢だとか、挙句の果てにはこの前パチンコで大勝ちしたとか、時間がないとかぬかしていたくせに長い話を聞かされ、全く時間の無駄であった。


「はあ、別の意味で疲れたな……」


 結局、たっぷりと無駄な時間を使わされたオレは、今日は夕食にビールを飲もうと心に決めて駐在所へとパトカーを走らせた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る