第126話 駐在所のお昼時。


「戻りましたー」


 精神的に疲れる聴取を終えたオレは、どうにか昼飯前の時間に駐在所に戻ることが出来た。


「「きゃー! かわうぃー! これも超似合うー!」」


 なんだこの黄色い声は。


 まあ、駐在所前に交通課のミニパトが停まっていたから大体の予想はついていたが、それにしてもはしゃぎすぎでは?


 案の定、ルンの居住スペースにはレールカーテンが引かれ、中では衣擦れの音と女性の黄色い声。


 どうやら、緒方巡査と長谷川巡視員がルンのファッションショーでもやっているのだろう。


 それにしても、いくらカーテンを閉めているとはいえ駐在所内でうら若き女性が着替えるのだ。施錠くらいしておくべきではないのか? 急な来所者があったらどうする気だ。


「あ、武藤巡査長お帰りなさい! カーテン開けちゃだめですよ!?」


 誰が開けるか! まあ、興味が無いわけではないが、制服を着た警察官があからさまなセクハラ行動などするわけがないじゃないか!


「なあ? 着替えさせるなら入口は施錠するべきじゃないのか?」


「あ、さっきまで施錠してたんですけど、先ほどまで恩田課長の奥様がいらっしゃってて、ルンちゃんの服を色々買ってきてくれたんです! で、お帰りになった時に鍵を開けて……」



「で、閉め忘れていたと」


「はい……」



 はあ、オレも人の事は言えた義理ではないのだが、緒方巡査は警察官と言う自覚が足りないのではと思う事がしばしばだ。


 だが、これでも自転車盗とかの検挙件数は地域課ピカ一なのだから人というのは見かけや性格だけによらないものである。


「ところで、昼飯はどうする? オレは出前頼もうと思ってるんだが」


「あ、私も出前にします!」


「あ、わたしもここで食べて行っていいですかぁ?」



 長谷川巡視員は本署に戻らずここで食べていくらしい。


「食べていくのはいいが、ここ駐在所は狭いぞ?」


 ルンの居住スペースを執務室内に作ったしわ寄せで、オレの執務机は緒方巡査と一つのデスクを二人で使っている状態だからな。応接スペースなんて、簡易テーブルとパイプ椅子しかない。


「大丈夫ですよぅー。私たち、ルンちゃんのお部屋で頂きますからぁ!」


 まあ、そうなるわな。



「ルンも注文しよう。食いたいものはあるか?」


「えっと……ちゅうかそば? おやこどん? 名前は読めるけどどんなものかわからないよー」



 それもそうか。田舎の食堂の出前用メニューに写真なんかついているわけがない。

 見事に手書きのテキスト文と値段の数字しか商品情報がない。


「じゃあ、出前デビューですね! それなら、やっぱりラーメンでしょ!」


 おいおい、緒方巡査……、異世界出身者にいきなり麺類は厳しくないか?


 まあ、何事も経験か。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 駐在所のお昼時。


 遊びに? 来ていた長谷川巡視員も含め4人で出前を取ることになり、結局味噌ラーメンを4つ注文した。


「はあぁ、本署だとなかなかラーメンの出前って取れませんからぁ、今日は来てよかったですぅ!」


 長谷川巡視員が喜びの声を上げている。


 そうか、本署だと確かに出前のラーメンはある意味ギャンブルだ。


 特に交通課なんてものは、出前の注文をしたとたんに交通事故の通報が入ることなど日常茶飯事だ。


 泣く泣く事故処理に出かけ、戻ってきたときには伸びきってスープの冷めたラーメンが待っているなんてことも多いのだ。


 なので、本署の連中は出前を頼む時は無難な丼ものにすることが多い。


 その点、駐在所なんてものは昼時の来所者なんてほとんどいないし、事件や事故が起きてもお呼ばれすることもそうそうない。まあ、皆無ではないのだが。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「おまちどうさまでーす」

 

 おお、来た来た。


 この上中岡地域唯一の定食屋、『なかおか屋』の味噌ラーメン。


 この定食屋は味がよく、本署からは若干距離があるが、それでも本署の連中もよく注文するほどだ。何といっても、本署の留置所に拘留している容疑者のための食事、『官弁』も扱っているためその注文頻度も多く、警察に対する愛想も良い。


「おや、今日はこっちかい? 二人とも緒方さんと長谷川さんこっちにいる駐在所って珍しいねえ。それに、そっちは見ない顔だね。新人さんかい?」


 配達してきた食堂のおかみさんが、いつも本署にいる長谷川巡視員、そして駅前交番にいた緒方巡査に話しかけながら、最後にルンの顔を見て問いかける。


「はい! 私は先日こちらに異動になりまして! それに、長谷川さんは違いますけど、そっちの娘ルンは新人です!」


「そうなのかい? かわいい娘だねえ! これは、若い男どもがほっとかないねえ」



「あ、そういう面倒事もあるから、このことはルンのこと内緒ね!」


「はいはい。警察様の秘密を話して回るほど命知らずじゃないよ――、はい、これお釣りね。どんぶりは外に出しといてね。毎度ありー!」


 さて、会計も終わったし、さっそくラーメンにありつこうか。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「緒方巡査、ラップの取り方大丈夫か?」


「私だって駅前交番で頼んだことありますから、大丈夫……だと思います」



「汁を制服に飛び散らかすなよ」



 出前のラーメン。

 

 とてもうまそうな姿をその前に表しているが、これにありつくには一つの障害を乗り越えなければならない。


 汁や麺がこぼれないようにどんぶりの上に張られたラップ。そして、それを固定するために輪ゴムがかけられている。


 その輪ゴムとラップを外す際、よほどうまくやらないとラーメンのスープが輪ゴムのチカラで飛び散ってしまう。


「わたしは慣れてますからぁ、任せてくださいねぇ! はいはい、ルンちゃんのもとってあげるからねぇ!」


 うむ、ここは長谷川さんに任せておこう。

 




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