第186話 署長表彰。
「……以上、非常に危険な運転者を検挙したことにより、以下の者に署長賞を授ける。武藤巡査長、緒方巡査、ルン交通指導隊員」
今日は月に一回の丸舘警察署全体朝礼の日だ。
オレ達は無免許運転と速度超過の危険運転者を検挙したという事で見事署長表彰を受け取ることになった。
本来、この朝礼は署内の会議室で行われるのだが、今回はルンが表彰されるとあって車庫の中で行われている。
そして、これまた本来は名前を呼ばれたものは署長のいる演台のそばまで行き、敬礼動作をして賞状を受け取るという儀式的なことが発生するのだが、やはり今日は軽トラから離れることのできないルンがいるという事で、署長が自らこちらに歩み寄ってきて授与するという例外の対応となっている。
署長自らこちらに歩み寄ってくるのだ。ルンはともかくオレと緒方巡査は非常に緊張し、バツの悪い思いをしたことをここに記しておこう。
「ルンちゃん! ……いや、ルン交通指導隊員! 今回はお手柄だったね! これからもがんばってくれたまえ!」
署長、顔がにやけてますよ?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はあ~。金一封ってとてもアガるパワーワードなのに、中身がこれじゃあ萎えますね~」
「まあそう言うな。くれるだけありがたいと思うしかないさ」
署長表彰と共に渡される「金一封」。各都道府県やその警察署によって差異はあると思われるが、ここ丸舘署では封の中身は一律500円である。
「でも、うれしいです! まるで、ギルドの依頼を達成したみたい!」
ルンは500円玉を手に持ち、とてもうれしそうな笑顔である。この笑顔を見ているとオレ達のすさんだ心が恥ずかしくなってくるな。
「そういえば、ルンにも給料入ったんだよな? あえていくらなのかは聞かないが。」
そう、非常勤の公務員扱いであるルンにも給料が支払われた。
この世界に戸籍のないルンは銀行口座の開設は難しいかと思っていたのだが、なんと会計課長がいつの間にか地元地方銀行のルン名義の通帳を作っていた。
それを渡すためにわざわざ会計課長自身がこの駐在所を訪れたことからして、ルンに会うための口実だったのは明らかなのだが、それでもルンの日本における生活の助けになったことには変わりない。
ルンの「ありかとう、カイケートーチャン!」の言葉にもはやデレデレだった会計課長の顔は正視に堪えなかったことは本人の名誉のために心の中に秘めておこう。
「よし、じゃあ、明日の非番はお買い物に行きましょうね!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「「いってきまーす」」
ルンと緒方巡査が買物に出かけた。
普段は制服姿の二人の私服姿を見るのもまた新鮮な感じだ。
ちなみに、ルンと緒方巡査は非番だがオレは普通に仕事だ。駐在所の全員が一緒に休みなんて普通は考えられないからな。
今日は普通車モードの軽トラは、もちろん緒方巡査が運転している。
さて、この駐在所に1人っきりでいるのもなんだか久しぶりのような気がする。
なんだかさみしさを感じないわけではないが、ちょっと前まではこれが当たり前の毎日だったのだ。
よし、今日は真面目に仕事をするか。
いや、いつもさぼっているわけでは決してないのだが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さーて、ルンちゃん! どこ行こっか! なにか欲しいものとか、食べたいものとかない?」
「あ、じゃあ、あれあるかな? このまえ、『てれび』に映ってたあの『たこ焼き』!
「へーえ、そうなんだ! じゃあ、今日はたこ焼き屋さんに行ってみよー!」
と、まだお昼にもそれなりの時間があるにもかかわらず、軽トラは一路たこ焼き屋のあるショッピングモールへと向かう。まあ、ショッピングモールと言っても所詮は田舎。
それでも、奇跡的にそこのフードコートに出店している全国チェーンの有名たこ焼き屋が存在するのだ。
ルンは軽トラから降りられないのでテイクアウトを頼んで、軽トラ車内で食べることになるのだが。
ショッピングモールの駐車場に到着し、緒方巡査はスマホを起動し、『豊洲銅ダコ』のメニューを開く。
「ほら。何種類かあるけど、ルンちゃんはどれがいい?」
「うわあ~、たこ焼きって一つの味だけじゃないんだ~! 迷っちゃうな~!」
スマホ画面のメニューを覗き込んでいるルンだが、慣れない日本の商品名に味のイメージがつかめないのか、なかなか決められない様子。
「じゃあ、今後の食べ比べの事も考えて、一番オーソドックスなやつにしておこうか! ルンちゃん、それでいい?」
「うん! 志穂姉に任せるよ!」
「了解! じゃあ、買ってくるからちょっと待っててね!」
そう言って開店早々のテナント店に向かう緒方巡査。こんな田舎で開店してすぐに若い女性の客が来るのは珍しい事だろう。
無事、定番のノーマルたこ焼きを2人前購入して戻ってきた緒方巡査。
「どうする? ここで食べる?」
とはいってもここはショッピングモールの駐車場。若い女性二人がおやつを食べるにしては少々どころかまったくそぐわない場所である。
結局、短い話し合いの結果、近くの運動公園の駐車場まで足を伸ばすことになったのであった。
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