第187話 たこ焼きころころ。
ルンと緒方巡査を乗せた軽トラは、すぐに運動公園の駐車場に到着した。
ここまでの所要時間約8分。幸い、たこ焼きはまだ熱々のようだ。
「よーし、じゃあ、いただこー! タコだけにー! はふ、はふ、あっつ!」
「いただきますー! あっつい! はふ、でも、おいひい!」
若い娘ふたりが軽トラの車内でたこ焼きを頬張るというなかなか珍しい絵面ではあるが、
「あっついの食べたら身体もあっつくなってきちゃったね。窓開けよっか? えーい、周りに誰もいないし、ドアごと開けちゃえー!」
「あけちゃえー!」
緒方巡査とルンは、思いっきり軽トラのドアを開け放ち、さわやかな風をその頬に受ける。
「うーむ、ルンさんや。こうしてお外で食べるたこ焼きもおつなものじゃのう?」
「そうですな、志穂姉様や!」
ルンが最近はまっている時代劇の口調を真似て、ご機嫌な二人。
で、そんなにはしゃいでたこ焼きを食べるとどうなるかというと、
「あっ!」
なんと、ルンのたこ焼きが一個、手元の皿から転がり落ちて車外まで転がって行ってしまった。
思わず軽トラから降りてそれを追いかけるルン。
地面に落ちてしまったタコ焼きはたとえ拾ったとしてももはや食べることはかなわないのだが、異世界にいた時の名残もあって食べ物を粗末にできない性分のルンは、反射的に転がるたこ焼きを追いかける。
たこ焼きは思いのほか転がる勢いは強く、軽トラからどんどん遠ざかっていく。
「ルンちゃん! 危ない!」
そうだ。ルンは軽トラから5m以上離れると命の危険があるのだ。
強く叫んで制止した緒方巡査だったが、その声もむなしく、ルンの身体はたこ焼きを追って5m圏内の外に。
「ああっ!」
軽トラの運転席から飛び降りてルンの後を慌てて追ったが、いかんせん車体の反対側から回り込んで走ったのでは間に合うはずもなく。
そうして、ルンは……
「あーあ、これ、もう食べられないよねー」
平気な顔をしてたこ焼きを拾っていた。
「えええええええええええーーーーー!」
「どうしたの? 志穂姉ちゃん?」
「どうしたのって! ルンちゃん! 平気なの?」
「平気って? 何が?」
「距離! 軽トラから離れてるよ!」
「あっ! ほんとだ!」
ルンと軽トラとの距離は、だいたい7~8mだろうか。
生存圏内の5mを超えていることはひと目で分かった。
「「どうしてーー?」」
不思議な現象に首をかしげる二人だが、残っていたたこ焼きはしっかりと冷める前に完食していたのであった……。
「「武藤巡査長(晴兄ちゃん)!! 大変です(なの)!!!」」
ルンと緒方巡査が帰ってきた。時刻はまだお昼前、ずいぶんとお早いお帰りなのだが、どうやら何かあったようだ。
だが、今のオレは絶賛仕事中。近所のコンビニで万引きをした女子高校生を駐在所内で補導している真っ最中なのだ。
とりあえず、今は取り扱い中だと目くばせをして二人を黙らせる。それに気づいた二人も、しまったというような顔をしてルンの自室の中に引っ込んでいく。
さて、聴取の続きだが、実はオレはなんの聴取もしていない。万引きした女子高生から話を聞いているのは、本署から来た補導員の川原さんだ。
川原さんはベテランの少年補導員で、お年は40代前半、お顔立ちはさぞや若い頃はおモテになっただろうと思われるキレイ系のおばちゃんだ。おっと、川原さんに睨まれた。訂正、美魔女だ。
いくら万引きでの補導とは言え、女子高生相手に男性警察官一人で対応に当たるのはまずいということで、本署に応援を要請し、捜査課の少年係に属する川原補導員が応援に来てくれたというわけだ。
もはや、補導のための聴取も終わり、保護者が迎えに来るのを待つだけである。この女子高生は、所謂ギャルというのか、パリピというのか、頭髪を茶色に染めて厚い化粧を施している。若いうちからそんなに化粧しなくてもいいのに、お肌がもったいないよ、とは制服に着替えて出てきた緒方巡査。おい、お前今日は非番だろうに。
こんな田舎にもギャルがいるのかと変に感心していると、駐在所に来客が。
いかにも、工事現場から直行してきましたという格好をしたいかついお父様。娘が万引きで捕まったと連絡をうけ、仕事を途中で抜けだしてきたのだろう。
その父親は、オレ達に軽く会釈をすると、まっすぐに娘の女子高生に歩み寄り――
パチィイイン
平手打ちをお見舞いした。
警察施設内での暴力行為が行われ、場は凍り付く。
だが、これをもって暴行事件とするのは違うだろう。これは、まあ、しつけの範囲内と思うようにしようか。
実際、ついこの前までは民法の中に「懲戒権」というのが明文化されていて、親はしつけのために子供に懲戒する権利があったのである。
だが、相次ぐ児童虐待事件の言い訳としても使用されてしまう事から、この条文は現在では削除されている。
「この物語の時系列は3年前になっており、実際の法律からの削除の時期と齟齬が生じていますが、ラノベということで悪しからずお願いいたします!」
「緒方巡査? 何をいきなり言っているんだ?」
「気にしないでください! 続きます! 次回をお楽しみに!」
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