第188話 美魔女のウインク。
万引きで補導された女子高生を迎えに来たその父親が、娘を平手打ちした。
駐在所内の空気が凍てつくが、その空気を打破してくれたのはルンだった。
交通指導隊員の制服に着替えて自室から顔を出したルンは、移動距離制限のせいでその場から動けないのにも関わらず、よく澄んで通る声でこういった。
「叱ってくれる人がいることを喜んでね。叱ってもらえた自分を誇りに思ってね。そして、叱ってくれた人の気持ちに思いを巡らせれば、決して同じ間違いはしないはずだから。間違う自分とは、さっきの愛のムチで別離したのよ? さあ、今からあなたの、あたらしい人生よ!」
そう言われた女子高生は両目から夥しいほどの量の涙を流し、嗚咽する。
盗んでごめんなさいと。
そして、おとうちゃん、ごめんなさいと。
そして、父親もそんな娘の頭を抱き、仕事仕事ってほったらかしてすまなかったと。
今度、一緒にお母ちゃんのお墓参り行こうなと。
駐在所の中は涙、涙の饗宴と化す。
ひとしきり泣いて落ち着いた女子高生は、「捕まえて頂いてありがとうございました」と、父親と共に頭を下げ、駐在所を後にした。
女子高生の顔は化粧が涙で流されて割と悲惨なことになっていたのだが、感動の場面でそのことを指摘できる人間は幸いここにはいなかった。
「はあ……、ルンちゃんの言葉って心に沁みるわね……。前途ある少年たちにはルンちゃんの慈愛が必要だわね。よし、これから補導の取り調べはこの駐在所でやるからね! 武藤ちゃん! よろしくね」
川原さんはそう言ってオレにウインクをかましてくる。この人、40過ぎてるのに美人なもんだから少しどぎまぎしてしまうのだ。ちなみに川原補導員は独身である。
それを見ていた緒方巡査が少し膨れているが、武藤巡査長はそれには気づかない。
そのすべてを察した川原補導員は、緒方巡査に向かって「あなたも頑張んなさい」とよくわからぬ助言をし、駐在所を後にする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なにやら、嵐が過ぎ去ったかのような駐在所の中。
そこで、ふと我に帰る。
「そういえば、さっきなにか『大変だ』とか言ってなかったか?」
「「そうなんです!!」」
話を聞くと、たこ焼きが熱かっただの、ドアをあけたら風が気持ちよかっただの、なんだか要領を得ない話から始まり、事の次第を最初から全て時系列で話していく緒方巡査。いくら女性の話が長いとはいえ、これでは警察官としていかがなものか。
で、結局最後まで辛抱づよく聞いた結果として、
ルンが、軽トラから5m以上離れても何ともなかったという話であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
どうやら、緒方巡査の長い話を総合すると、ルンが軽トラから5m以上離れても何ともならなかったとのこと。
「それは本当か?」
「うん、本当だよ晴兄ちゃん。わたしもびっくりしちゃった!」
「何
「いや、その件での相談もあって、急いで駐在所に戻ってきたんです。」
「そうだったのか。まあいい。でも、もう昼だ。話の続きはメシを食ってからってことにしようか」
「「はい」」
「ん? ところで、何で制服に着替えてきたんだ? 今日は二人とも非番だろうに」
「だって、駐在所の中に私服の女性がいるのを見られたら、地域の方々に何と思われるかなって思いまして……」
「ふむ、まあ、確かにな。」
世間では、警察官
なので、私腹を着た緒方巡査とルンが駐在所の中にいるとなれば、何かで捕まったかオレが連れ込んだかの2択で邪推されてしまう公算が強い。
そうなると、オレの評判はもちろん、警察組織全体の評判がよからぬことになってしまうので、気を遣ったというわけだな。
「で、オレは出前を取るが、お前らはどうする?」
「あ、私も出前にします」
「わたしも」
「せっかくの非番なんだから、また着替えてどっかに食いに行けばいいのに」
「もう、たこ焼き食べたから大丈夫ですよ」
「いや、たこ焼き食べたのに出前取るのか?」
「それはそれ、これはこれです」
ということで、安定の『なかおか屋』からオレは辛味噌ラーメン大盛り、緒方巡査とルンは少し軽めにという事で肉うどんにしていた。
肉うどんって軽食なのかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼食も終わり、午後になってルンの検証をすることに。
「ルン? 本当にいいのか? また苦しい思いをするんだぞ?」
「うん、そりゃ苦しいのは嫌だけど、こういうのははっきりさせておきたいし、それに、動ける範囲が広がっていればもっと楽しい事できるかなって」
そうか、そうだよな。
普段はいつも笑顔だからオレ達も忘れがちになるが、軽トラから5mしか離れられないという生活は、他人のオレ達が思っている以上に不自由できついものがあるんだろうな。
「じゃあ始めるか。緒方巡査、
「了解」
駐在所の備品、交通事故や事件現場の現場検証などで使用するメジャーを用意する。
「あとは、救急セットと酸素スプレーもだな」
「了解です」
ルンが苦しくなっても、すぐに軽トラ保護範囲内に戻れば大丈夫だとは思うのだが、念には念を入れて越したことはない。
さあ、検証を始めよう、
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