第189話 保護範囲拡大。
さあ、検証を始めよう。
「よーし、ゆっくりいこうか……まずは5mまでは大丈夫だな。」
ルンは軽トラを起点にして5mのところまでは余裕の表情。
緒方巡査は不測の事態に備え、酸素吸入スプレーを持ってルンのすぐそばに待機している。
推測によれば、ルンがいた向こうの異世界にあるという『魔素』とやらが地球では全くないらしい。
軽トラの周囲ならばそれによる体の不具合を抑えられているのだろう。
その『魔素』というものがなくなることで起こる不調に対し、酸素スプレーがどれだけ役に立つのかという思いはあるが、備えられるものは備えてきたいという気持ちの表れだと思ってほしい。
他にも、折り畳み式の担架とか、毛布とか。ルンが自力で歩けなくなったときには担架は必要だろうからこれはいい。駐在所から持ち出したAEDもまあ良しとしよう。
だが、緒方巡査よ。紙おむつまで準備したのはなぜだ? 幸いルンはそれがなんだかわかっていないからいいが、それの用途を知ったら恥ずかしくて泣くんじゃないかな?
「さっきはどれくらいまで離れたんだ?」
「目測で、だいたい7から8mくらいでしょうか。」
「よし、じゃあルン、ゆっくりな。」
「はい」
ルンはゆっくりと、小刻みな歩幅で軽トラから距離を取る。
7m地点までは50センチ刻み。8m地点までは20センチ刻みで移動し、いまだ身体には何の以上も現れていない。
そこからは、10センチ刻みで移動する。
9m、10m、11m……
まだルンの身体に異常は現れない。
「これは……今までの2倍以上だな」
「はい、20mまで行けば、ルンちゃんは私のお部屋で一緒に寝られるんですけど……」
いやいや、若い女性が二人で寝るなどと百合百合しいことを言うんじゃない。
12mを超え、更に60センチ進んだところでルンが胸を押さえてうずくまる。
「ルン! 戻れ! もう十分だ!」
すかさず緒方巡査がルンを抱き起し、軽トラの近くにまで移動させる。
ルンの足元はおぼつかないが、幸い地面に倒れ込む前に緒方巡査が抱え込むことに成功したからよかった。
オレも担架をもって駆け寄ろうとしていたが、必要なくなってよかった。
うずくまった位置からすこし軽トラ側に移動すると、すぐにルンの顔色は元に戻った。ふう、どうやらそれほど大事には至らなかったようで良かった。
で、結果としては12,5m。これが、今のルンが軽トラから離れられる距離という事になる。
「惜しい! もうちょっといけたら、私の官舎のお風呂が丸々圏内に入っていたのに!」
だから百合はやめろと。いや、既に軽トラ風呂で一緒に入っているから今更か。
まあ、これでルンの行動範囲が広がったことは確かだ。これは素直に喜ばしい事だな。
だが、もう一つの検証が残ってる。
それは、なぜ、ルンの行動可能範囲が広がったのかという原因捜しの検証だ。
「ルン、なにか思い当たることはあるか?」
「はい、思いっきりあります」
なんだと?
「以前、セヴル兄達と
「そうか、そういえば、そんな話もあったな」
それにしても、人のためになる事とは一体?
「まずは一番最初に、小学生が拾ってきた100円をおばあちゃんに返せましたよね。そういう事じゃないんですか?」
と、なると。
「それ以降で思い当たる事と言えば、交通安全週間のパンフ配りとか、無免許運転の検挙とか、先日の万引き少女の件とかかな?」
「ですね。あのパンフ配りで慎重な運転を心がけて事故を逃れた人もいるかもしれませんし、無免許の人は、まさに命を救ったと言ってもいいですし、万引きの彼女は、ルンちゃんの言葉で見事に更生しましたからね」
「ということは、ルンがこの世界での警察活動に関して行った貢献度によって、活動範囲が広がっていくという事か!」
「そうだと思います!」
ふむ、最初の検証と今回の検証結果を比べるとその差は7.5m。
誰を助ければとか、どんなことをすれば保護範囲の距離が何cm伸びるのかなどといった疑問は残るが、これに関しては不確定な要素が多すぎて検証は不可能そうだな。
もとより、救いを得られた人間の感謝や幸福の度合いなどは物差しで測れる類のものではない。
そんなものが数値化出来たとしたら、逆にうさん臭ささえ感じてしまう。
だが、まあ方向性としては間違っていないだろう。
ルンがこちらの世界に来てからまだそれほど経っていないが、そんな短い期間でもそれなりの人を救っている。
どうかこれからも、管内の平和と安定に。
そしてなにより、ルン自身の笑顔の為に、微力ながらオレたちもがんばっていくとしましょうか。
「よし、じゃあ、これからますますお仕事に励まないとな」
「「はい!!」」
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