第191話 交通安全教室②


「じゃあ、正しいと思うやり方で、この横断歩道を渡ってもらいましょうか!」


 長谷川巡視員がそう言うと、そのクソガキは意気揚々と石灰で描かれた横断歩道を渡り切った。



「渡れたね~。じゃあ、今キミは手を上げることも、左右を確認することもしなかったけど、その理由をおしえてくれるかな?」


「は? さっきも言ったじゃん。こんなところ車が通るはずないんだから、手をあげるどころか左右を見る必要だってないんだってば! それに、こんな田舎じゃろくに車も通らないんだから、グラウンドじゃなくてホントの車道に行っても同じだと思うんだけどな!」



 お? クソガキがすこしムキになってきたな。長谷川さんってガキを煽るの巧いのかな?


「そっか~。キミはそう思うんだね! じゃあ、うさぎさんともう一回渡ってみてくれるかな?」


 そう言われたガキは、めんどくさいみたいな顔をしながらも、となりに現れてがっちりと肩をつかんだうさぎさんの妙な威圧に気圧されたのか、どうやら素直にもう一回渡るようだ。


 よし、オレの出番だな!




 うさぎさんに伴われ、ガキが横断歩道へ一歩を踏み出したその時、


 オレは軽トラのギアをドライブに入れ、アクセルを踏んで急発進させる!


 先日、逃走するフェア〇ディの追走中に突然現れたオートマギアについている不思議な第2のボタン――、軽トラを超加速させるそのボタンの事を、『オーバードライブ』(O/D)ボタンをもじって『オーバーザトップ』ボタンと呼ぶことにした。決してラグビーの反則の事ではない――のボタンを押し、さらに軽トラとは思えないような急加速!


 軽トラは、瞬く間に石灰の横断歩道を渡ろうとしたガキの目の前に現れ、そして横断歩道の手前で急停止する。


 突然の軽トラの出現に、ガキは驚き、身体をこわばらせ一歩も動けないでいる。万が一のためにうさぎさんに扮した緒方巡査がその子の身体を、飛び出さないようにしっかりと押さえてはいるが。



「おや~? 車なんか来ないって言ってたけど来ちゃったね! もしあのまま渡っていたら、事故に遭ってしまうところでしたね~! あぶないあぶない!」


 長谷川さんはそう言うと、助手席にいるパンダの着ぐるみを着たルンにマイクを手渡した。


「交通事故に遭いたいと思って事故を起こす人はいませんよね? 車に轢かれたいと思って轢かれる人もいませんよね? みんな、事故に遭った人たちは『自分は大丈夫』とか、『車なんて来ないだろう』って思っちゃうんですね。だから、車なんて来るはずがないなんて思いこまないで、ちゃんと右を見て、左を見て、もう一回右を見てから、手を上げて横断歩道を渡ることが大切なんですね!」


「「「「「は~い」」」」」



 ルンの言葉に、子供たちはみんな納得してくれたようだ。


 ルンがマイクを持って語り掛けると、子供たちは皆納得して横断歩道の渡り方に理解を示してくれたようだ。



 で、当のはねっ返りのクソガキはというと――


「ごめんなさい! 僕が間違ってました! これからは、どんなに車通りの少ない道でもきちんと左右を確認して、手を上げて渡ります!」


 涙ぐみながらそう叫んでいた。



 実際、いきなり目の前に現れた軽トラに驚いて、ルンの魔力のこもった言葉とのダブルパンチだからな。


 たとえ、どれだけひねくれた大人であっても反省してしまうだろう。



 あとで校長先生に聞いた話だが、この子はほかの子よりも頭がよく、それはいいのだがそのことを鼻にかけ、普段から授業中などでも先生の言う事に反論したり、集団行動の和を乱す言動が多々見られていたそうだ。


 その保護者からも相談を受けていたらしく、今回の事はいい薬になったとお礼を追われてしまった。




「はーい! じゃあ、今日の交通安全教室に協力してくれたお巡りさんたちを紹介しま~す! みなさん、被り物を取って下さい!」


 長谷川巡視員の言葉に合わせ、オレ達は着ぐるみの頭の部分を外し、学校の側にある上中岡駐在所のお巡りさんたちですと紹介をされる。


 子供たちの中には、オレの顔を覚えてくれている子もいたらしく「あの時のお巡りさんだ」といった声もちらほらと。


 あの子はいつぞやの100円を拾って届けてくれた子供だな。



「はーい、それでは最後に、交通事故に遭った人が一体どうなってしまうのかを、ダミー人形のドクダミ―君を使って実演したいと思います! それでは、準備おねがいしまーす!」



 緒方巡査がダミー人形のドクダミ―君を横断歩道の真ん中に固定する。


 オレは、軽トラをスタンバイして合図を待つ。


 これから、この軽トラでドクダミ―君を実際に撥ねて、交通事故の悲惨さを体験してもらうのだ。



「じゃあ、お願いします!」


 長谷川さんの合図でオレは軽トラを発進させる!


 このあと、憐れドクダミ―君は軽トラの下敷きに……ならなかった。




  ドパーーーーン!



「あれ?」


 なんと、軽トラで撥ねられたドクダミ―君は空高く撥ね飛ばされ、グラウンドの端にある野球部用のバックネットにぶち当たってしまったのだ……。



 予想外の飛距離? に、やり直しが言い渡されドクダミ―君を回収した後は教頭先生の自家用車で見事順調に? 轢き潰されたのであった。




 いろんな波乱もあったものの、無事に今日の交通安全教室は終えることが出来た。


 それにしても、あの軽トラによる撥ね飛ばしはいったいなんだったのだろうか?


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