第192話 緊急配備①
交通安全教室から数日後、あれからも平和な日々が続いていた。
「ずるずるずる。
「食いながらしゃべるんじゃない。ルンはマネしちゃだめだぞ?」
「ふぁい。ずるずる」
「こらこら」
見てわかるとおり、今はお昼ご飯中。なかおか屋からの出前を食べている。
今日はみんな揃ってネギみそラーメンだ。
軽トラからの移動範囲が拡大されたルンは、いつもの自室ではなくオレ達の執務机の前にある簡易テーブルに座っている。
やっぱり、同じ部屋とはいえ、オレ達の執務机から離れた自室で食事を摂っているのは少し寂しかったようだ。
近くの席で食事を摂るルンの様子は嬉しそうで何よりである。
ラーメンを食べ終わり、ルンが給湯室でみんなのどんぶりを洗ってくれている。
行動範囲が広がって、これまでできなかったいろんなことが出来るようになったのがうれしくて、とにかく何でも働きたがるのだ。
緒方巡査は軽トラのドクダミ―君の撥ね飛ばしの事を気にしているようだが、オレにとってはシフトレバーに新たに現れた2番目のボタン――『オーバーザトップ』ボタンの方が気になる。
なんせ、いきなり物理的に不思議カスタマイズされてしまったのだ。
しかも、それを押すと軽トラらしからぬハイスピード仕様。
なにかしらの異世界か神様がらみの不思議パワーなのだろうとは思うが、なぜにそれが軽トラにもたらされたのかが全くの謎なのだ。
そんなことを考えているとき、駐在所の駐車場に本署の捜査用車(刑事課の覆面パトカー)が現れる。
「いよー! ルンちゃん元気? これ差し入れな!」
やはりというか、刑事課長の恩田さんである。
最近、幹部の皆様はお忙しいのかあまり駐在所に顔を出さなくなった。
一番来所頻度の高い恩田課長でも1週間ぶりだ。
「課長、お忙しいみたいですね」
「ああ、世の中ダンジョンだなんだでにぎわっているが、オレ達は普通の横領事件でてんやわんやだ。いいのか悪いのかわからんがな。まあ、人死にが出ないのはいいことだ」
そうなのだ。我が署管内ではいまだダンジョンの発生報告はないが、ダンジョンの発生した他の署の管内では、ダンジョンに突入して負傷したり、帰ってこなくなる行方不明事案や、魔物にやられて死亡した事案も1件や2件ではない。
他の署に配属になった同期から聞いた話では、地域課兼ダンジョン課に配属された人員は休み返上で働いていても追いつかないのだとか。
それを思えば、こうして出前のラーメンをすすっていられる自分たちの境遇は恵まれているのだろう。
恩田課長の差し入れのたい焼きをさっそく頬張っている緒方巡査とルンは、あんこと小麦の皮を咀嚼しながらオレ達の話を聞いている。
そんな昼下がりのまったりとした時間に――――
ビリリリリリリリリリリリリ
駐在所に備えられている県内系の広域無線受信機から、警報音が響き渡る!
「――晴田本部から丸舘交通! 丸舘地域!」
「――丸舘交通です! どうぞ!」
「――市民からの110番通報! ひき逃げ事件発生! 至急、緊急配備されたし!」
どうやら、大きな事件が起こってしまったようである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ひき逃げ』とは。
交通事故で人身事故を起こしたにも関わらす、救護措置をせずにその場から立ち去る犯罪である。
言わずと知れた重要犯罪であり、速やかな検挙が求められる事案である。
「あちゃー、せっかく遊びに来たのについてねえなあ。
「「「お疲れ様です」」」
「おーう」
そう言って恩田課長は帰って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
駐在所内の無線受信機では、事件の詳細の続報が告げられている。
「――事故現場は丸舘市内、中町〇番〇号、国道〇号線上の中町第3交差点。市役所方面から進行し、緋外町方面に左折した所で横断していた自転車の高齢女性を撥ね、そのまま逃走した模様。目撃者あるも車種、ナンバー不明。白のRV車と思われる。運転者は20代くらいの男性。緊急配備発動されたし。繰り返す。緊急配備発動されたし。」
逃走方向は緋外町方面か。こっちとは逆の方向になるが、だからと言って緊急配備に行かないわけにはいかない。
緊急配備とは。
自署管内、または近隣署の管内で重要事件が発生した際に、国道などの交通の要所に警察官を配備させ、管内から外部への逃走を阻止するとともに迅速な参考人確保を目指した配置で、網を張るとも言う。
これが発動された場合、各課や交番、駐在所員は各々配備に着く場所が事前に決められており、これによって指示系統の混乱を招くことなく迅速な配備を可能にしている。
「オレ達は上中岡丁字路だな。出るぞ!」
「「はい!」」
オレ達は急いで装備を整え、軽トラに飛び乗ってパトランプを乗せて点灯させる。
「――上中岡移動より晴田本部、丸舘地域。緊配出発、配備地点上中岡丁字路。どうぞ」
「――晴田本部了解」
「――丸舘地域了解」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オレ達は緊急配備の配備先に到着する。
到着と同時に赤色灯を消す。
これは、パトカーの姿を見て犯人がUターンして逃走してしまう事を防止するためである。まあ、事件の内容によってはわざと点灯したままにしたり、サイレンも鳴らしたりもするのだが。
「ふう、到着したのはいいですけど、犯人が逃げたのと逆方向ですよね? ここにいてもあんまり意味ないような気がしますぅ」
「まあそう言うな。引っかからなくても、配備することに意味があるんだ」
「そうなんですか?」
「わからん。言ってみただけだ」
「なんですかそれ」
「ふふ、二人とも仲いいですね」
「「いや、これは……」」
そんな緊張感のないやり取りをしつつ、配備して待機時間の2時間を過ぎようとしていたころ、
「はあ。やっぱり来ませんでしたね。予想通りです。」
「これもお仕事のうちだ。じゃあ、帰るとするか……待て!」
オレの目に、左前部場バンパーをへこませた白のRV車が飛び込んできた。
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