第193話 緊急配備②
ひき逃げの緊急配備の待機時間を過ぎ、そろそろ駐在所に戻ろうかとしていたところに、左前部場バンパーをへこませた白のRV車が通りかかるのが見えた。
「あれかもしれない。よし、追跡だ。」
「なんで、こんな時間に反対方向であるこっちに来たんでしょうかね?」
「さあな。もしかすると、どこかでほとぼりを覚ましてから逃走しようとしているのかもしれないし、それに、まだあの車が犯人と決まったわけでもない。取り合えずは職質してみないと。」
「そうですね」
オレは赤色灯を点灯させて白のRV車を追尾する。
「前の車、止まって下さい」
相手が逃走をはかるかと思い身構えていたが、予想に反してRV車はあっさりと左にウインカーを出して停車した。
緒方巡査が軽トラパトカーを降りて職質に入る。
オレが運転席から降りないのは、相手が急に車を発進させて逃走したときに速やかに対処できるようにするためだ。
エンジンを停止させ、運転免許証を預かった緒方巡査がこちらに目くばせしてくる。
エンジンを止めたということは、逃走の意思はない、あるいは逃走するにしても発進まで少しの時間があるので、軽トラパトカーの運転席からオレが降りて職質に加わっても大丈夫なことを意味する。
軽トラからある程度離れることのできるようになったルンも助手席から降りて、RV車の助手席側から近づいていく。
「こんにちは。停まってもらってありがとうございます。少し質問させてくださいね?」
職質を始めると、RV車の運転手である20代半ばと思われる男性は、憔悴した感じで運転席でうつむいている。
「今、どちらから来られたんですか?」
男性は黙して語らず。
「今日は、これからどちらに向かわれるご予定ですか?」
男性は黙して語らない。
これは、決まりかな。
核心を突く質問に変えてみる。
「お車が潰れていますが、どこかにぶつけられましたか?」
その質問を投げかけた瞬間、男は反応した。
「人を轢いてしまいました! すみませんごめんなさい。怖くて、どうすればいいかわからなくなって……パニックになって逃げてしまいました……すみません」
「わかりました。詳しいお話をお伺いしますので、これから署のほうにご同行願います。あ、パトカーが迎えにくるまで少し待ってくださいね。それと、お車の鍵をいったんお預かりさせてください」
オレはRV車の鍵を男性から預かり、無線で応援を呼ぶべく軽トラの方に戻る。
「――上中岡移動から晴田本部、丸舘交通。」
「――晴田本部です、どうぞ」
「――丸舘交通、どうぞ」
「――ひき逃げの件、上中岡丁字路にて該当車両を発見、職質したところ、撥ねたことを認める供述在り。至急、任意同行の応援願う。」
「――晴田本部了解!」
「――丸舘交通了解だ! 今すぐ向かわせる!」
さて、あとは応援を待つだけだ。
応援を頼み終えたオレは、RV車の方に戻る。
「……僕、怖かったんです。人を轢いてしまうなんて初めてだし……。これからどうなるのかなって……。親にも顔向けできないし、彼女にもふられてしまうかもしれないし、会社だってクビになるかもしれない……。怖くて、どうすればいいかわからなうなっちゃって……。お巡りさん! 僕は捕まるんですか? 僕は、どうすればよかったんですか?」
「そうだね。捕まるのは不安だし、怖い事だよね」
ルンが男性の言葉に応えていく。
「でも、ちょっと考えてみて。突然車にはねられて、その場に倒れたままになった人はどういう気持ちになったのかな?」
「……」
「その人だって、怖くて、どうすればいいのかわからなくて、自分がどうなっちゃったのか不安でどうしようもなかったと思うの。」
「……」
「そんなとき、誰かが声を掛けてくれたなら。大丈夫かって、救急車呼ぶからなって、そう声を掛けてくれる人がいたら、少しは安心できたんじゃないかな?」
「……そっか、僕はーー」
「そう、怖くて、パニックになったのはあなただけじゃなかったんですよ?」
「僕は……轢いてしまったあの人に声を掛けるべきだったんだ。大丈夫ですかって、ごめんなさいって。そうすれば、あの人の苦しみや混乱を少しでも助けてあげられたんだね……」
「そうですね」
「僕も、お巡りさんに見つけてもらって、捕まるのは恐かったけど、ホッとしたんです。捕まえてくれて、ありがとうございます。あの……、僕が轢いた人は、大丈夫だったんでしょうか……?」
「救急車で運ばれたけど、命には別状なかったそうだよ」
「そうですか……よかった。いや、良くはないんだろうけど。謝りたいです。そして、償いたいです。」
「ああ、その気持ちがあれば、君はやり直せるさ。」
「はい」
そんな会話をしていたところに交通課の応援パトカーが到着し、男性はパトカーで本署に連行されていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やっぱり、ルンちゃんの声掛けは効きますね! あれほど心に響く言葉はなかなか掛けられませんよ!」
「ああ、そうだな。オレも緒方巡査も出る幕がなかったな」
「えー、でも、わたしなんかちょっと心が素直になってくれる魔法使ってるからなー。こういうの、こっちの世界じゃズルとかチートとか言うんだっけ?」
「まあ、チートだな。」
「警察関係者のチート持ちって、何気に最強っぽくて恐ろしいんですけどね」
「あー、ひどーい。」
「ごめんごめん。おわびにたこ焼き買ってあげるからね」
「わーい、許しちゃう」
「おまえらまだ食うのか」
無事にひき逃げ犯の検挙に貢献したオレ達は、和気あいあいと駐在所に帰るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます