第301話 虎の穴。



 ― なにものかにであった! ―



 そうか。


 なるほど。



 ここ、『虎の穴』ダンジョンに潜って最初のエンカウント。



『にっぽんからきたりし者。そこに潜ればすべてを悟り、目を見張る成長を遂げて再び地上に現れるであろう』

 


 アキン・ドーの、その言葉の意味が理解できた。





「メタルスラ〇ムだよ!」


 目の前に現れたのは。


 某国民的RPGに出てくる、レベル上げに最適な、メタルボディーのイカしたスライムさんだった。



「なるほど、こいつを乱獲して軽トラのレベルを上げまくれってことですな」


 そういう事なら狩りまくろうじゃないか。


 だが、確かこいつは経験値がすこぶる多いわりに、とても倒しにくい敵だったはずだ。


 なぜかというと、




― メタルス〇イムは逃げ出した! ―



 そう、直ぐに逃走を図るのだ。


 しかも素早い。


 ゲームの中の話のとおり、確かに人間の足ではいくらあがいても追いつけないような敏捷さで逃げていく。



 だが。


― シンジは軽トラを急発進させた! ―


― 軽トラはメタルスライ〇に回り込んだ! ―



 ふっふっふ。


 人間の足では追いつけなくとも、


 軽トラの速度ならば余裕で追いつけるのだよ!




  どぱーーーん


 という事でお約束で撥ね飛ばします。


 だが、さすがに硬い。


 一度撥ねただけではHPをゼロにすることはかなわないようだ。


 ちなみに、メタル〇ライムを撥ねると軽トラの前部ボンネットがそれはもう、とてもよくベコッと凹むのだが、軽トラスキルの『整備パック』で瞬時に元に戻っている。


 え? そんなスキルいつの間に覚えていたのかって?


 オレも忘れていたが、これは初期のころから覚えていたスキルのはずだ。


 たしか、ライムがタイヤのパンクを直してくれた直後くらいにその存在が確認されたはずだ。


 ちなみに、当時は時間の経過で徐々に直っていく仕様だったが、レベルアップを重ねた今では瞬時リペアが可能になっている。


 入ってて良かった『整備パック』。


 日本に戻ったら、車を購入する人すべてにお勧めしてあげたい。



 おっと、メタルスライムに集中しなければ。




 見せてもらおうか!


 日本製の軽トラという車の性能を!




  どぱーーーん



 もう一回撥ねた。


 オレの記憶が確かならば、あと1回か2回撥ねれば奴のHPはゼロになるはずだ。



 さて、もう一回――ん?


 奴がいないだと?


 もう倒してしまったのか?


 もしかして、さっきの攻撃は「かいしんの一撃」だったのか?



 いや、そんなはずはない。


 それだったら何かの効果音とか、倒したアナウンスとかが出るはずだ(ゲーム脳)。

 


 それに、さっきから軽トラがなぜか動かない。


 何が起こったんだ。


 未知の敵からの特殊攻撃か?


 

 そんなことを考えていた時、


 熟睡しているクウちゃんに抱かれていたライムがうにょんと体をうねらせその拘束から離脱すると、するすると助手席のパワーウインドウを空けて軽トラの車外に降りて行った。


「ライム? 何をする気だ? 魔物がいたら危ないぞ?」



 すると、ライムは軽トラの下に潜り込み、車体が少し持ち上げられていく。


「これは‥‥‥ライムが軽トラをジャッキアップしているのか?」



 そして間もなくすると、軽トラ左前輪のタイヤハウスの中からメタルスライムが『ぺっ』って感じで排出されてきた。



「タイヤハウスに挟まってたんかい!」


 どうりで、メタルスライムの姿は見えなくなるわ、軽トラは動かなくなるはずだ。 



 助手席にライムが戻ってきたのを確認し、気を取り直してメタルなあんちくしょうを再度撥ねる。どうやらとどめを刺せたようだ。



「おお、確かに経験値がたくさん入ってきた感覚がある」


 残念ながら一発レベルアップとはいかなかったが、これを繰り返していけば軽トラのレベルはどんどん上がっていくだろう。





 だが。



「ふわ~、よく寝たわ~。あれ、わたしの抱き枕ライムちゃんは?」



 うざいあいつクウちゃんが目覚めてしまった!





「あら、シンジじゃない。わたしの寝顔でよからぬことでもしてたのかしら?」



 してねえよ。


 それにしても、こいつクウちゃん見た目だけはいいんだよな。


 まあ、依り代にした特殊人形の見た目なのだが。


 いろんな作品に出ているその元となる女優さんにそっくりであり、かつ若干印象が違うという、なんというか、ツボを押さえていらっしゃる。



「あ、それとも、寝顔見るだけじゃ物足りなくてイタズラしちゃったりしてたりして~! いけないわよ、シンジ? わたしだから許してあげるのであって、他の娘なら通報されちゃうからね~?」


 はー、こいつ、本当に黙っててくれないかな!


 しゃべった途端にうざい存在になるならせめてしゃべらないで欲しい。



「シンジ? なんか失礼なこと考えてない? おっぱい揉む?」


 考えているのは普通の反応であって決して失礼ではない。あと、それはちょっと揉んでみたい――いや、いかんいかん。騙されるな。あれは作りものだ。


「ところでシンジ、ここって『虎の穴』だよね?」


「ああ、そうだが」


「だったら好都合だわ! シンジ! 女神の加護をその身で体感するのよ!」





 ‥‥‥なんか嫌な予感。


 

 


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