第236話 軽トラ VS ワイバーン


 宰相が笛のようなものを吹き鳴らしたその時、どこからともなく暗雲が立ち込め、空気を裂くような翼のはためきの音が耳に刺さる。


 空は暗くなり、日の光を遮る大きな翼が草原の上空に飛来する。



翼竜ワイバーンだ!!」



 空を飛ぶ竜種。


 この異世界では、竜とは実在する魔物であり、豊富な魔力と高い攻撃力や防御力を誇る強者である。


 冒険者ギルドでは、その出現が確認されると複数のAランクパーティーでのレイドを招集するなど、ただでさえ討伐困難な対象である。


 しかも、今回は翼を持ち、飛行に特化したワイバーンだ。地上にとどまる地竜などとは違い、人族の刃が届かない空中を闊歩するそれは、討伐困難の代名詞でもある。


 そんなワイバーンが10体。


 辺境伯軍や、王都正規軍の上空を円を描くように旋回し始めた。







◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「ハーネイはあの笛を使ったか」


 王都の大通りにあるコウリ教大聖堂。


 そこの奥まった部屋にいる二人の人物。


 その一人は、きらびやかな金糸の装飾をふんだんに使用した高位の者のいでたちの、コウリ教枢機卿のマルティム・ ガロワ。


 もう一人は金をベースに輝く青の飾りが入れられた鎧を身にまとう、コウリ教聖騎士団長ストライム・ドゥーガルである。



「ワイバーンによる攻撃により、より多くの恐怖と絶望が魔王様にもたらされるのだ。重畳ではないか」


「だがな、殺し過ぎるのはいかん。殺してしまえばそれきりだ。やはり、生かさず殺さず、負の感情を搾り取るが上策であろう。」


 そんな会話を交わす両者の頭には、人族にはない2本の角。


 この二人は、人族の教会幹部を装っている人にあらざるもの――魔族であった。



「それにしても足りぬな。魔王様の復活に必要なリソース負の感情は。そろそろこの国だけではなく手を広げるころ合いか」


 枢機卿のガロワは、そうつぶやくと左手を顎に当て、なにやら楽し気にわらうような表情で思案にふけっていき、それを見た騎士団長のドゥーガルは頭部の角を隠すように黄金の兜をかぶり、窓から見えるワイバーンの遊弋を見上げるのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








 一方、ワイバーンが現れた王都西側の平原では。


「フォーメーションDだ! 上空からの攻撃に警戒しろ!」


「各小隊ごとにまとまって散開! 小隊の盾兵は方円にて警戒! 弓兵、撃てーっ!」



 辺境伯軍と、王都正規軍はワイバーンに対する迎撃態勢を必死に整えていた。


 軍隊というものは、いや、地に足を付けて生きる者たちはすべからく上空からの攻撃に弱い。


 一騎当千の者たちが集まるこの戦場でもそれは例外ではない。




 そうして、それは地を走る軽トラも同じである。










「婿殿! 何か良い手はないものか!」


 王都の西側、戦場となった草原では、辺境伯軍と、降伏してこちら側に与した王都正規軍の軍勢がワイバーンの群れに襲撃されている。


 いまだワイバーンは上空に遊弋しており、味方の軍勢に被害は出ていないものの、こちらからの弓や魔法の攻撃は一切ダメージを与えられていない。

 

 このままワイバーンが攻撃態勢に入れば、味方は大きな損害を出すのは目に見えている。

 

 その状態で、ミシェル様はオレに何か良い手はないのかと聞いてきたのだが、あいにくこちらは軽トラなのだ。


 他の軍勢と同様、対空攻撃の手段なんて魔法くらいしかない。



 

 今の軽トラ魔法で一番レベルを上げているのは土魔法のレベル5だ。


 空中のワイバーンに対して土塊を飛ばすことは出来ても、土塊の質量から、その速度は遅く通用しないだろう。



 ならば、次にレベルの高いレベル3の雷魔法でどうだろう? 


 効果はあると思うのだが、いかんせんこの魔法は広範囲に降り注ぐのがデフォ仕様だ。


 味方の軍勢が多数展開するここでそんな魔法を放とうものなら、壮大なフレンドリーファイヤー大会が開催されてしまう。


 かといって、雷を一本に絞れば命中率が下がって回避されるだろうし、フレンドリーファイヤーの可能性が消える訳でもない。




 よし、魔法のレベルを上げよう。



 幸い、バッファとしてSPスキルポイントはそれなりに残してある。たしか37ポイントあるはずだ。


 空飛ぶ敵に有効なのは、やはり風魔法!


 SPを2+3+4+5で17ポイント使用し、風魔法をレベル1→5に上げる!


 これで残りSPは20。やや心もとないがまあ大丈夫だろう。




風魔法レベル5ウインドカッター!」


 この前ひつじたちがダンジョン内で使っていたウインドカッターを見よう見まねで発動させる。


 あの時は、ダンジョン内の大木を難なく伐採していたので、切れ味は抜群なはずだ。


 空気を巻いて鋭利な刃となった渦がワイバーンに届き、その体を引き裂こうとしたその時、




「なに! 相殺だと!」


 空気の渦は、ワイバーンに当たる直前で同じような空気の渦に阻まれ消滅した。


 そうか、ワイバーンの飛行能力はその翼だけにあらず、風魔法も身にまとっていると考えれば、ワイバーンも風魔法が使えるということだ。


 せっかくSPまで使ったというのに、風魔法までも通じないとは!




「婿殿! ワイバーンが攻撃態勢にはいりましたぞ!」


 やばい、このままでは地上の味方軍勢が一方的に攻撃されてしまう。




「あ!」


 そうだ、があったじゃないか!


 よし、待ってろよ空飛ぶトカゲども!


 軽トラの錆にしてくれるわ!

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