第184話 追跡開始。


「きたぞ!」


 猛スピードで交差点に向かってくるスポーツカー。


 目測ではゆうに100㎞/hは余裕で超えている。


 レーダー速度測定器があれば、こいつは既に免許停止確実だ。なんといっても、この道幅の狭い市道は制限速度40㎞/hなのだから。



 だが、この軽トラに速度を計測するレーダー機械は付いていない。速度違反を取り締まるには、一定の距離と時間以上この違反車の後ろをついて走り、この軽トラの速度計をもってしてその証明としなければならない。




 とりあえず、この車はここでちゃんと一時停止するのか?


 そんなことを思っていた矢先、


 スポーツカーは一時停止を無視して走り抜けた!




「よし! 追跡だ! ルン! 赤色灯を!」


「はい!」


 ルンが軽トラの屋根の上に赤色灯を備え付ける。

 

 それと同時にサイレンを鳴らし、一時停止無視のスポーツカーを追跡する!





「緒方巡査! ナンバーは見えたか!?」


「はい! 所有者照会掛けます! —――――上中岡移動から照会センター!」


「――紹介者センターです、どうぞ」



「――車両所有者照会願う。職番〇▼◇◇□、丸舘地域緒方。ナンバー、晴田〇▼※、田んぼの『た』、□▼〇の●▼※□です、どうぞ」


「――了解。車種、フェア〇ディZ。所有者、住居、晴田県丸舘市~~~~~~、吉田〇男、—―――! この者、免許停止中、したがって――現在、無免許状態。繰り返す、その者、無免許状態、どうぞ」



「――上中岡移動了解!! 武藤巡査長! あたりです! 無免許運転の大物ですよ!」


「よっし、必ず捕まえるぞ!」


 オレは軽トラのアクセルを思いっきり踏み込む。相手の車はかろうじて視認できる距離だが、相当距離を離されてしまった。




「でも、武藤巡査長?」


「なんだ?」



「この軽トラで、あのフェア〇ディに追いつけるんですか?」


「……まあ、やるだけやってみよう……。」










「――丸舘交通より上中岡移動!」


 おっと、本署の交通課より無線が入った。 



「――上中岡移動です、どうぞ」


 緒方巡査が荷台の中のマイクを無線に連動させて応答する。



「――先ほど照会の車両、現在追跡中か? どうぞ」


「――そのとおり、どうぞ」



「――了解。その車両、先日交通課パトカーが追跡を振りきられた車両と同一の可能性あり。応援派遣する、現在地送れ、どうぞ」


 なんと、一時噂になっていたあの暴走車両か。たしか、交通課が晴田署で一番速度の出るパトカーで追跡したにも関わらずぶっちぎられたっていういわくつきの奴だな。その時は夜間でナンバーも確認できずにみすみす取り逃がしたはずだ。



「――了解、現在地、丸舘市~~~~~~、当該車両、●▼〇方面に向かって逃走中! 現在鋭意追跡中です! どうぞ!」



 よし、何とかして捕まえてやる!






「くっ……! 引き離される……」


 オレは軽トラのアクセルを全開に踏んでいるのだが、何しろ敵はフェア〇ディZ。みるみるうちに引き離され、直線だからいいようなものの、すこしでもカーブになればあっという間に見失ってしまうだろう。


 まあ、直線だからこそ車のパワーの差が如実に出ているのだろうが。 




 それでも、軽トラでここまで食い下がったのは我ながらすごいと思う。パトカー仕様のこの軽トラ、無線やら赤色灯やらは追加されたがエンジン等はそのままだったはずなのに。


 それでもたたき出した速度は110㎞/hオーバー。軽トラハイスピード選手権でもあれば上位に食い込めるのではないかという速度で走っている。


 軽トラのエンジンはうなりを上げ、車体はガタガタとなって今にも空中分解するのではないかと思えるほどだ。


 ……ダメだ。やはり、軽自動車で3000CCの排気量を持つ車に勝てるわけがない。


 そんなことを思った時だった。



魔道具軽トラさん、頑張って! あのままじゃあの人ぶつかって死んじゃうかも! 助けてあげないと!」


 ルンが軽トラを応援する。その応援は、違反者を捕まえるというよりも救ってあげなければという慈愛にあふれた想いであり、「大物を捕まえたらヒャッハーだぜ」なんて思っていたオレがとっても恥ずかしくなってしまった。



 そのルンの応援の言葉が終わるや否や、オレの左手親指、オートマのギアレバーに掛けていた手の中に感じる違和感。


 あれ? なんでここにボタンがあるんだ?



 左手の親指の場所にあるボタンは、オートマ車が軽いエンジンブレーキを掛けたりするときに使うオーバードライブ(O/D)のボタン。


 そのボタンの下に、新たなボタンの手触りが。



 そして、なんとなくではあるが、「このボタンを押してもいいよ」「いや、押さなければいけないんだよ」といった言葉にもならないような心の動きが自分の頭の中に発生したような気がして―――


 オレは、そのボタンを押した。



  BROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!



「ふぇええ~、風になってますぅ~~!」


「何だこの加速は!!!!」


「晴兄ちゃん! すっごい! 角イノシシより速いよ!」



 途端に軽トラは速度を上げ、一気にフェア〇ディに迫っていった!


 その時の速度計は、


「140㎞/hオーバーだと!」



 なんと、軽トラに標準装備の最大時速140㎞/hまで計測できる速度計のメーターを余裕で振り切っていた。


「なんで軽トラのくせに140㎞/hまであるんだよ」とその速度計に突っ込みを入れたことがある人も多いだろう。




 軽トラをバカにした者たちに告ぐ。


 いま、軽トラは――


 スポーツカーを超えた。


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