第183話 張り込み開始。

 熊岱市でのダンジョン調査が終わってからというもの、この駐在所では平穏な日々が続いていた。

 

 平穏というのはいいことだ。何といってもオレの仕事は警察官なのだから。


 こんな田舎の駐在所でそうそう大きな事件など起きることはない。



 まあ、言い換えれば、ぶっちゃけヒマなのだ。



 

 そんな平日の午後――



「たいへんです! 武藤巡査長!」


 業務日誌をペラペラめくっていた緒方巡査が何やら騒ぎ始めた。



「どうした?」


「今月の実績のことです! わたしたち、今月交通犯の検挙数ゼロですよ! あああ、どうしよう……。今日から何件いけるかな……?」



 交通犯とは、俗にいう「交通違反切符」の事である。


 速度レーダー計測機器を使った速度取り締まりや、シートベルト非着装、交差点での信号無視の検挙など、警察活動において最も有名と言っても過言ではない活動であり、そして、最も市民に嫌われる活動でもある。






 よく市井では、「警察官は交通切符にノルマがある」という噂がある。

 

 所謂警察官はノルマを達成するために必死で交通切符を切るために、だまし討ちみたいな取り締まりをやっているんだろうという風評である。



 で、このノルマ。実際にあるのかというと、実はそんなものは存在しない。


 ならば、すべてのお巡りさんは、真に市民の交通安全を願い、交通事故防止のために心を鬼にして、自発的に嫌われ役を担って違反者を検挙しているのかというと、それがすべてというわけでもない。


 なら、いったいどういうことなのか。


 

 たしかに交通切符のノルマというものは存在しない。


 だったら、交通切符は切らなくてもいいのか? と言われると、答えはノーになるだろう。


 なぜならば、ノルマはないけど、一枚も切符を切っていない警察官は、ぶっちゃけた話「お前、仕事してるの?」と周りから思われてしまうのだ!

 

 いや、実際にそう思われてしまうかはわからないが、少なくとも、そのように思われるんじゃないかという意識が本人の中に芽生えるのは確かなのである。


 特に、駐在所の所属なんて、下手すれば「毎日座っているだけだろ」みたいな目で見られているのかもしれないのだ! 



 これは、いち警察官として、いや、いち社会人としても由々しき事態である。


 仕事に燃えているわけではないとしても、警察官なのに給料泥棒などと揶揄されるのは人としてのプライドが許さないのだ!







◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 そうか、言われてみれば、オレも今月交通犯はゼロだったな。




「よし、交通パトロールに出かけるか。ルンも一緒に行くか?」


「「はい!」」





「さて、交通取り締まりに行きますか」


 オレ達は軽トラに乗り、市内の外れのほう、市道と農道が交差する交差点へと向かった。



 この交差点は農道と市道という交通量がそれほど多くない道にもかかわらず、交通事故の多い場所である。


 ほぼ道幅のおなじような広さの道路であり、4方向すべてに一時停止の標識が立っている。


 だが、「こんな田舎道を通る車はいないだろう」と思い込んでしまうのか、一時停止を無視して突っ走る車が後を絶たない。


 交差点の一角には小さな神社があり、その神社の周りには立派な樹木が数本立っていて見通しがよくないのにもかかわらずだ。


 おかげで、スピードを出した状態での、出合頭の側面衝突という悲惨な事故が多発しており、死亡事故も発生している。


 悲惨な交通事故で亡くなる人、家族を亡くして涙する人を減らすべく、この交差点での一時停止違反取り締まりを行う事にした。



 あと、これは余談ではあるが、交番や駐在所勤務の警察官が交通取り締まりを行う場合、なるべく自分の担当地域から遠くに行く。


 その理由は、ご近所さんを交通違反で捕まえてしまった時にバツが悪くなるのと、その場合地域の協力が得られなくなるか、関係性がぎくしゃくしてしまうからだ。



 ということで、上中岡地区からは遠く離れたこの交差点。


 その脇にある神社の樹木の間に軽トラを忍ばせ、一時停止違反をする車がいないか張り込みを始める。



「晴兄ちゃん? なんで隠れるの?」


「イヤイヤ、カクレテイルワケジャナインダヨ? ほら、パトカーがいたらみんなきちんと止まるだろう? 事故防止のためには、パトカーがいなくてもきちんと止まる習慣を身に着けてもらわないといけないからねゲフンゲフン」


「あ、でも今はパトカーじゃなく軽トラですから見つかってもいいんじゃないですか?」



 おっと、武藤巡査よ。見つかるとか言わないように。オレ達は決して隠れているわけじゃないぞ? 


 まあでも、確かにいつもの癖で車体を隠してしまったが、この軽トラならば姿を晒しても大丈夫か。



 ちなみに、特殊車両として荷台に8人乗りが許可されてから荷台にいる人とも会話がしやすいように互いにマイクとスピーカーを取り付けているので、普通に会話が可能になっている。しかも、荷台の中からも無線機と連動可能なのだ。


 余談になるが、運転席側のスピーカーから流れてきた初めの言葉は「武藤巡査長? パンツみちゃだめですよ?」という一言だった……。無線で全県に流れなくてよかった……。



「あ、晴兄ちゃん! なんかとっても速い魔道具が走ってきたよ!」


 おっと、はたしてこいつはしっかりと一時停止することが出来るのかな? 

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