第3話 佐藤真治、異世界にて倒れる。
オレは街道脇で見つけた立て看板の近くに軽トラを寄せた。
看板に書かれているのは現代地球では見たこともない記号のようなものの羅列。
おそらくは、異世界転移ものの定番スキル【全言語自動翻訳】が仕事して読めるようになった文字。
そこには
←メオンの街 リソン村→
と書かれていた。
「なるほど、聞いたことのない地名だ。」
いかにも異世界といった感じの町や村の名称を見て、いよいよ異世界に転移したという実感がわいてきた。
とりあえず、この異世界でも人が集まって住んでいるところがあるという事と、その方向の情報は手に入れることが出来た。
だが、その町や村までどのくらいの距離なのか、はたしてどちらに向かうのがここから近いのかといった情報はそこにはない。
ほかにも情報はないだろうか。例えば看板の裏とか、立ててある杭の根元とかに、
日本では国道などの主要な道路に一定距離ごとに設置されている『キロポスト』のような表記はないだろうか。
オレは、更なる情報に期待して看板を精査すべく、看板の裏に回りこもうと軽トラを降りる。
軽トラを降りた瞬間、予想外の出来事が起きた。
文字の書かれた看板は変わらずそこにあるのだが、突然、その字を読み解くことが出来なくなった。
「あれ?」
さっきまで何にも意識することなく、視界に入った記号? はオレの脳内で意味のある言葉を提示していたが、今は全く分からない。
「さっきまで普通に読めたのに、おかしいな?」
その見え方は、なんとなくだが細かい字を見るために装着していた老眼鏡を外したような感覚に似ていた。オレは老眼鏡をかけてまでラノベを読んでいるのさ。フン。
で、その感覚から、もしかしたらと思いもう一度軽トラに乗ってみる。すると今度ははっきりと記号? の意味が読み取れる。
今とさっきの差異はなんだ。軽トラに乗っている状態と降りた状態。そうか、これは視界がフロントガラス越しか否かという事だ。
どうやら、翻訳機能は軽トラのフロントガラスにあるらしい。フロントガラスというフィルターを通すことで、異世界の言語が理解できるというわけだ。
なんだこれ。普通の異世界ものラノベなら、スキルは転移した主人公に帰属するはずではないか。もしくは伝説の剣とか杖とかアイテムとか。なぜに軽トラに?
納得いかない感情を抱きながらも検証した所、翻訳フィルターはフロントガラスだけではなく、運転席や助手席の窓ガラスでも適用されるようだ。
まあ、だからどうしたというようなことではあるが、今後道路標識のようなものが高速走行中に現れる可能性を考えれば、視認、理解できる状況の幅が広がるのでありがたい事ではあった。
軽トラ異世界後フィルターの検証を脳内で終え、いよいよ看板の裏を確認しようと軽トラを降りて看板の方に歩いて近づいていったとき―――
―――オレは地面に倒れこんでいた。
「ううっ! 苦しいっ……」
街道脇の立て看板を詳しく調べるべく、看板に近づこうと軽トラを降りて数歩進んだオレは、突然襲ってきた強い息苦しさと倦怠感に襲われその場に跪いていた。
苦しい。息を吸っても酸素が入ってこない。全身の毛穴からは冷や汗が噴き出し、延髄を走る悪寒は体全体を振戦させている。
―――このままではまずい。
本能で理解する。このままだとあと少しで命が危ない。
なぜこのような状況に至ったのかを考えるのは後だ。まずは命を守る行動をしなければ。とはいっても、何をどうすればオレは命を守れるのか?
パニックになっていたオレの視界に、ぼんやりと軽トラが光って見えた。その光はまるで暗闇の中で唯一光を放つ誘蛾灯が蛾を誘うかのように、オレの関心を強制的に引き付ける。
「……あ、あそこに戻ればいいのか……」
本能的にそう悟らされたオレは這いつくばったまま軽トラの方へとにじり寄っていった。
そして、息も絶え絶えに軽トラの近くまで這いよると、さっきまでの体を襲っていた苦痛が嘘のように通常の状態に戻った。
「はぁ、はぁ、助かった……」
どうにか軽トラの運転席に戻りひと心地つけ、さっきの現象について検証を始める。
おそらく、というか確定で、死にそうになったのは軽トラから降りたからだろう。だが、降りてすぐというわけでもなく、苦しさを感じるまで少しの距離があったはずだ。
気は進まないが、軽トラを降りて地面に立ち、少しずつ少しずつ軽トラから離れて行ってみる。
その結果、歩幅にして約1,5歩、距離にしてだいたい1メートル軽トラから離れると例の苦しさが襲ってくることが判明した。
うむ。軽トラから離れるとまずいのは理解した。だが、なぜそうなるのかといった理由はさっぱりわからない。
こういうとき、異世界転移物の定番だったら神様とか女神様とかが出てきてこの世界について説明してくれるはずなのだが、あいにくとそのような存在にはいまだ出会ってない。
となれば、他の定番でいえばステータスオープンでヘルプを参照するといった感じだろうか。
「すてーたすおーぷん!」
年甲斐もなく叫んでみたが半透明なウインドウは現れない。うーむ。どうしましょう。
「へるぷ!」「ちゅーとりある!」「Wik〇!」「攻略さいと!」「〇ちゃんねる!」
いろいろ思いついた単語を叫んでみるが反応はない。
「取り扱い説明書!」
なかばやけくそでそう叫んだ時、軽トラの助手席側のダッシュボードが淡く光り始めた。
なるほど! たしかに「軽トラ」、つまり車には取り扱い説明書なるものがあったはずだ!
オレは期待を込めて、助手席のダッシュボードから「取り扱い説明書」を取り出した。
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