第269話 おいでませセタン王国。
「着いちゃったな……」
セイブルの街でお別れタコヤキ大盤振る舞いをしたその翌日、オレは獣人の治める国、セタン王国へと旅立った。
旅立って、
すぐ着いた。
話には聞いていたが、本当に近かった。
以前、コウリ教と戦いに王都に行ったときには、セイブル辺境伯の領地からは約600㎞の距離だった。
日本に直すと東京から青森県までくらいの距離だ。
こちらの世界だと、徒歩で2週間。早馬乗り継ぎでも丸二日はかかるのだが、軽トラでぶっ飛ばすと5時間くらいで到着した。
ちなみに、セイブル辺境伯領からセレス様の治めるメオンの街までは約200㎞の距離である。
で、セタン王国までの距離だが、約100㎞!
1時間で着いちゃったよ。
格好つけて『旅立つ』とか言っちゃって恥ずかしい。
長旅どころか日帰り旅行にも微妙な距離だ。
ついでに、その時オレの口には青のりがついていたらしいので倍恥ずかしかった。
で、ミネットやらセレス様やらノエル様だが、オレの行き先が近場だと知ると無理についてくるなどとは言わなくなった。
セレス様などは「わたくしも領地にしばらく戻ってませんし、考えてみればちょうどよかったかもしれないですわね」などと一気にドライな対応に。
ミネットも、商会のテコ入れをするんだとか張り切っていたしな。
ノエル様は寂しそうではあったが、長年の呪いから解き放たれたためか、いろいろやりたいこととかあったらしく父である辺境伯様と一緒に領地のあちこちに行く予定を立てているらしい。
皆がそろって言っていたのは、「まあ、2~3日ごとに戻ってくるだろう」という楽観的な見通しであった。
たしかに、この距離だったらすぐ帰れるしね。
◇ ◇ ◇ ◇
「ようこそー、セタン王国へだワン(棒)」
で、今は国境の関所。
よく見る光景で、門番の方と会話している。
ついこの間までコウリ教の人族至上主義者共が跋扈していたクスバリ王国側からの入国。
しかも、この世界では得体の知れない
絶対ひと悶着もふた悶着もあるもんだと思っていたら。
そこにいたのはセリフ棒読みの犬獣人の門番さん。
NPCかな?
そして、その隣では
「装備はもっているだけじゃ効果がないぜだモー(棒)」
いや、このセリフを言うなら街の中だろ。
なんというか、違和感だらけだ。
しまも、何度話しかけても同じセリフしか発しないし、カバの獣人さんに至っては「返事がない。ただのシカバネのようだ(棒)」って返事してくるし。
みんなNPCのようにふるまってはいるが、生きている人間(獣人)なことは明らかで、皆一様に呼吸が荒かったり目が血走ったり妙にキョドっていたりする。
なんというか、緊張しているようだ。
いろいろな疑問があるのだが、何で緊張しているのか、どうして同じ言葉しか話さないのかとかといった質問に答えてくれる人がいない。
関所を通るときにすんなりいくとは思っていなかったが、まさかこういった方向ですんなりいかないというのは予想外だった。
何度質問しても同じ言葉しか返ってこないため、いい加減らちが明かなくなってきた。
そこで気づいたのだが、この人たちは話にならないだけで別にオレの行先を遮っているわけではない。
だったら、もう通っちゃっていいよね?
そう思って門を通過したその時、
「おお! 勇者よ! しんでしまうとはなさけない! のじゃ!」
先ほどまでのNPCもどきとは違う、妙にハリのある大きな声が響き渡った。
その声の主は、続けてこう言い放つ。
「どうじゃ? シンジよ! いせかいあーるぴーじーの雰囲気を満喫できたかのなのじゃ?!」
そこにいたのは、黄色と黒の縦じまのケモミミを頭に抱き、ヒョウ柄のコートを身にまとってやたらと際立つどぎつい紫の髪の色を持つ大阪のおばちゃんだった……。
「いや! 普通『のじゃ』とか言ってたらノジャロリじゃねえのかよ?! おばちゃんでしかも大阪スタイルって何なんだよ!」
「のじゃおばちゃんなのじゃ!」
「見た目と語尾があってねえよ!」
「なんやけったいやな!」
「そっちの方が合ってるよ! むしろ
なんだこの展開は。
さんざんツッコんでおいてアレだが、まだまだツッコミどころは満載だ。
なにせ、このノジャオバちゃん、乗り物に乗っているのだ。
この異世界に自走する乗り物なんて、今オレが乗っている軽トラぐらいのはずだが?
それか、この世界では2百年前に現れたというアキン・ドーの乗っていたオート三輪くらいしかないはずだ。
それなのに、このおばちゃんは自走する車に乗っている。
ちなみに、乗っているのは阪神タイガースのカラーに染められたリリーフカーにしか見えないヤツだ。
ヒョウ柄のコートを着たオバちゃんが、虎の柄のついた車を運転しているのだ。
一体このオバちゃんは何者なのだろう?
「申し遅れたのじゃ。我の名はトラニャリス! ここセタン王国を治めるものなのじゃ!」
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