第153話 民間ダンジョン。


 晴田県熊岱市にあるダンジョン。


 このダンジョンは、地元建設会社の資材置き場内に発生したものであり、その所有者は同会社の社長さんである。



 この社長さんは、地元の市議会議員も務めており、まさに地元の名士といった感じの人物であった。


 この会社の敷地にダンジョンが出来たのは、「大発生」と呼ばれる3年前、世界に一斉にダンジョンが出来た時と同じ時期。



 当時、ダンジョンに関するノウハウも法整備もなかった時世、この会社は敷地内にできた不審な地下洞窟に、スコップや鶴嘴を持った建築作業員たちを突入させ、見事に返り討ちに合ってしまった。


 幸いにして死者こそ出なかったものの、負傷した作業員の中には重篤な怪我を負い、二度と肉体労働が出来なくなったものも数名含まれた。



『業務上の監督責任は、現場とは異なるダンジョン内でも適用になるのか』

『ダンジョン攻略を業務として命じられた場合、労働災害の対象となるのか』


 などと言った各種の裁判が即時に開始され、その判例がのちのダンジョン関連法体系の整備に資したのではあるが、この会社にとっては人的資源の従業員と、社会的信用を失った手痛い出来事であった。



 事実、来年早々に行われる次の市議会議員選挙では、この会社の社長は当選は無理だろうとの下馬評がすでに上がっている。


 そんないわくつきのダンジョンに、建築会社の従業員は仮に業務命令があったとしても探索に携わることを拒んだのは当然の帰結であろう。



 このような経緯もあり、周囲の人はダンジョンを国に売却してはどうかと社長に勧めたのだが、一攫千金の夢に憑りつかれてしまった社長はその言を聞き入れなかった。


 そして、ダンジョンに潜ることを社員に断られた社長はフリーの探索者を募集する。




 探索者専用サイト。ここには、某求人案内所のように、ダンジョンの所有者が自分のダンジョンに潜るメンバーを募集するコーナーも存在する。



『アットホームなダンジョンです。報酬マシマシ! 週休3日! 寮完備! 通勤時間0分! 正職員建築会社への登用も可能!』



 こんなブラック臭のするうたい文句で募集をかけ、田舎という環境も相まってなかなか希望者が現れなかったのだが、ようやく応募をしてくれた探索者パーティーが現れ、それが九嶋陽介をはじめとする3人組だったという事らしい。


 ひさびさに自分のダンジョンに探索が入るという事で社長はご機嫌となり、成果物の8割の税金を差っ引いた残り2割の収入から、その5割を探索者に渡すという破格の報酬契約を結んだようだが、その分、探索に対する期待が増して段々無茶を言い始めたらしかった。


 その結果、陽介君たち3人は予定の時間をすぎても地上に戻ってこないという事態が発生したのである。







◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







 オレたちは、陽介君たちの救出隊募集のページに載っていた、熊岱市の民間ダンジョンにむけて出発した。




 自宅ダンジョン内から階段をガタンゴトンさせて軽トラを地上に出し、問題なく動くことを確認。


 幌を付けた荷台の中にいた美剣みけが地上でも人間の姿であることも確認。ただ、さすがに体操服とブルマの姿で外出させるのはいかがなものかと思い、市販のスポーツブランドのジャージ上下を着せている。


 軽トラの荷台収納の中にはこれまでドロップさせたポーション類や市販の薬品類、毛布類のほかカップラーメンやミネラルウォーター等の飲食物も完備。今回は缶切りもガスコンロも割り箸も10徳ナイフもあるぞ! レトルトカレーもあるんだからね!



 季節は冬。こんなこともあろうかと、軽トラのタイヤをスタッドレスに交換しておいてよかった。ちなみに右前輪はウサギからのドロップ品でちょっとだけ新しい。




 熊岱市に向かう1時間の間、美剣は人型の姿で初めて見る町、といっても田舎道だが、その風景に幌の隙間に張り付きっぱなしであった。信号待ちで隣に止まった右折車なんかにはネコミミの一部が見えてしまっていたかもしれない。


 こんなに景色を楽しんでくれるんだったら助手席に乗せればよかったとも思うのだが、途中で荷台に戻るのも目立ってしまうであろうから断念した。


 まあ、これからは堂々と軽トラで外出することも増えるかもしれないからな。その時はネコミミはかくして存分に助手席を堪能させてやろう。


 


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 現場のダンジョンに到着する。



 テレビやネット以外では初めて見る他のダンジョン。


 建築会社の社長所有のダンジョンらしく、その入り口は工事用車両や重機を入れておく車庫のような建物で覆われていた。



 その敷地内には、機動隊や自衛隊の車両、パトカーなどが物々しくも整然と停められている。


 ダンジョン入り口を覆う建物の隣に自衛隊のテントが張られており、『捜索隊協力受付所』という看板が掲げられていたので、近くに軽トラを停め、そこにマナミサンと二人で向かう。美剣は荷台の幌の中で息をひそめている。


 テントの中を覘くと、その受付に人は座っていない。わざわざ受付に隊員1人を配置するのがもったいないのだろう。



「捜索隊に参加しに来ました」


こういうと、自衛隊の現場隊長のような人が歩み寄ってきた。



「ああ、ありがたい。いまのところ、民間の協力者はあなたたちだけだ。探索者証を見せていただけますか?」


 大まかに状況をきいたところ、現在の状況は自衛隊の先着部隊と機動隊の第3小隊がすでにダンジョン入りし、最初の玄室に捜索拠点を定め、徐々に捜索範囲を広げているそうだ。


 

 民間ダンジョンという事もあってダンジョン内のマップは存在しない。

 

 無線も使えないダンジョン内なので、伝達は全て人間の伝令となるため、その捜索速度は推して図るべしだ。



 そして、肝心の陽介君たちだが、どうやら3階層に向かっていたらしい。

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