第267話 とある宰相の独白。
私の名前はヤーコブ・ハーネイ侯爵。
ここ、クスバリ王国で宰相の任に就いている者である。
本来、私はこのような立場にいて良いような人間ではない。
何しろ、私はこの国を崩壊させかけたのだから。
むしろ極刑に処されていてもおかしくはないのだ。
あれは、いったいいつの事だっただろうか。
今となっては、記憶も曖昧だ。
当時、王都やほかの主要都市で徐々に広がっていくスラム街の対処を考えていたときのことだ。
スラムの住人が増えているということは、経済的な困窮をしているものが増えているという事。
そして、そのような困窮に追い込まれるものは社会的弱者、つまりは孤児や獣人、老人に多いのがこの世の摂理。
そういった者たちは、弱者であるがゆえに一度のの負のスパイラルに巻き込まれてしまえば自力でそこを脱するのはほぼ不可能。
ならば、国がなんとかしなくてはならないではないか。
思い返せば、確かこんなことを考えていた時のことだったと思う。
私が、狂ってしまったのは。
コウリ教の枢機卿と名乗るあの男、マルティム・ ガロワに出会ったのは。
あの時の私は、この国をより良くすることに心血を掛けていた。
国を良くするためならば、なんだってやろうと思っていた。
そこに、付け込まれたのだ。
国とは、人に拠ってなる物。
国を良くすること、それすなわち人を扶けること。
それが歪んでしまった。
国のためならば、
国が良くなるためならば。
市井の民がどうなろうと、
国さえ良ければよいのだとすり替えられてしまった。
そのような思考に染まったとき、スラムの住人たる社会的弱者は、保護するものではなく駆逐するものへと変わってしまった。
そして、獣人を貶め。
私をたしなめる王に薬を盛って傀儡とし。
目の上のたんこぶたる大将軍にも洗脳をかけ――まあ、あ奴には効かなかったのが幸いだったが。
人族こそが我が国の国民であるという狂信のもと、人族至上主義を掲げたコウリ教の教義に従い、辣腕を振るってしまったのだ。
しかし、彼の者は私を救け、そして赦した。
王もまた、それをよしとした。
あれだけの非道なことをした私が許され、生かされた。
何のために。
私は何のために生きていけばいいのか?
私は、いかにしてこの命を長らえさせればいいのだろうか?
彼の魔道具使いは、そんな私の疑問にこともなげに返した。
「あなたはもう間違えないだろう。ならば、全力をもって扶ければいい。罪は償えばいい。扶けることが償いならば、あなたは生きなければならないとオレは思うよ。」
私は泣いた。
年甲斐もなく泣いた。
そして理解した。
もう、私はわたしにあらず。
文字通り、死んだ気で。
文字通り、命を懸けて。
懸命に、全力で。
民草の為に生きていこう。
その為には、宰相という立場は渡りに船。
権威ではなく
責任を持って
その職を務めさせていただこう。
感謝する。
◇ ◇ ◇ ◇
「シンジ~? あの洗脳された人たち、解放しちゃってよかったの~?」
王城をあとにし、オレを追いかけてきてくれたみんなを軽トラの荷台(スキルで拡張されて巨大マンションみたいになっている)に乗せた後、ひつじ獣人ならではの脚力で助手席争奪戦を制したミネットが話しかけてくる。
「ああ、たしかに悪いことはしてしまったんだろうけど、洗脳されていて自分の意思ではなかっただろうし、洗脳は解けて反省もしている。むしろ、自分の所業を償うべく人の3倍は働くだろう。」
あの日、宰相率いるコウリ教に洗脳された集団を無力化したあの時。
悪の元を絶つべくそのままの勢いで王都にあるコウリ教の教会に突入したのだが、そこはもぬけの殻。
いや、教団に虐げられていた獣人の子供たちは多く保護できたのだが、枢機卿とか教団幹部はすでにその場を後にしていた。
残されていた子供たちの怪我や衰弱がひどく、軽トラ荷台のヒーリング効果で治療している間に遠くに逃げられてしまったのか、その行方は杳として知ることはできなかった。
正気を取り戻した宰相らの証言によれば、枢機卿はマルティム・ ガロワと名乗っており、その頭部には魔人のような角があったのだとか。
もう一人の幹部、聖騎士団騎士団長のストライム・ドゥーガルにも角があったらしい。
思うに、こいつらは本物の悪なんだろう。
闇の勢力がその力を増すために必要な『負の感情』。
それを人々から集めるべく暗躍する悪。
その目的は、魔王の復活、そして暗黒の世の招来らしい。
もともとは、どうやらオレがその『魔王の器』としてこの異世界に転移させられたようなのだが、紆余曲折あってその運命は回避した。
ということは、新たに魔王の器なる物がこの世界に存在しているのだろう。
オレと同じように召喚されたのか、もともとこちらの住人なのかはわからないが。
と、なれば。
オレにはそいつを倒す義務があるのだろう。
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