第286話 晴田市での宿。

 晴田市で、全県から集められた犯罪者の靄祓いを終えたのは夜の20時を回った頃であった。


「ご苦労さん。今日は宿をとっておいたからゆっくり休んで行ってくれ。明日は一日休暇をもらえるよう、丸舘署長に話してある。」


 おお、本部長様から直々に休暇を頂いちゃいました。



「さて……ルン交通指導隊員……。できれば、その……折り入ってお願いが」


 ん? 県警で一番偉い人がなにやらごにょごにょ言い始めたぞ?



「握手と……一緒に写真と……サインなんかを……」


 ミーハーか!


 

 まあ、キャリア組である県警本部長と言えども一人の男性だ。

 

 それに、勉強のできる人はそれなりにオタクな趣味もこじらせていてもおかしくはない(偏見)。


 アニメに登場するような美少女と見れば、お近づきになりたいと思っても仕方がない。


 だが、それへの返答は。


「本部長殿。僭越ながら申し上げます。写真とサインは大丈夫でしょうが、握手はいかがなものかと」


「そ……そのこころは?」


「YESではありますが、NOタッチです」


「はっ! わたしとしたことが! わかった! 貴官の言うとおりだ。危ない。危なく紳士たる自分に恥じる所業をしでかすところであった。感謝するぞ! 武藤巡査長! 緒方巡査!」



 なんか知らんが感謝された。



 で、写真撮影後、なにやら本部長様がオレにラインの交換を持ち掛けてきた。

……断れないよね?


 何かあったら連絡くれと。


 何もなくとも、ルンの画像なりを送ってくれと。


 動画ならなお良しと。


 できれば、「本部長きゅん」って呼ばせながら撮影してくれと。


 ……。



 まあ、仕方がないので、画像に関してはあまり期待しないでくださいと言い含めてID交換いたしました。


 これで、軽トラ風呂のルンと緒方巡査のあられもない姿のドラレコ動画なんて送っちゃったらオレの運命はどうなるんだろうと恐怖にかられたが、首を振ってその恐ろしい想像を振り切る。


 というか、あんないいもの他の奴に見せてなんてやる選択肢はない。


 




 ということで、すったもんだを経て県警本部が予約してくれた宿に向かったのだが――



「ラブホじゃねえか!」


 渡された住所の場所にあったのは、田舎の県庁所在地の中心部から離れた郊外には必ずある(偏見)という、車庫付きのコテージ風のラブホだった。


 いや、わかるよ?


 なんたって、ルンは軽トラから離れられないってことは県警のお偉いさんにも報告済みだ。


 下手に10階建てのビジネスホテルの上階の方に部屋があったらどうしようなんて思っていたから、まあ、ベストチョイスではあるんだ。


 でも、県警の人がラブホを予約するってどんな絵ずらなんだよと言いたい。



 


 ということで、チェックインです。


 通常二人で過ごす用途のラブホに3人います。


 そして、ここは県警が予約した宿です。


 当然のごとく


 オレにはもう一つの別棟の部屋が予約されておりました。



 公序良俗を重んずるのであれば、ここでオレは別室に移るべきなのはわかっているのだが。


「晴兄ちゃん! 晩御飯は一緒に食べよ!」


 こんなお誘いを断れるわけがないじゃないか。





 途中のコンビニで買ってきた弁当類を備え付けの電子レンジで温めながら、オレは缶ビールの蓋を開ける。


 緒方巡査は……うん、すでに2本目だな。肉まんをつまみ代わりにほおばりながらおいしそうに吞んでいらっしゃる。


「ふ~、ルン、疲れたろう? 結局オレたちはただついてきただけのようなもんだからな。」


「ルンちゃん! お疲れ様なのだ~!」


「いえーい! おつかれー!」



 ルンはコーラで乾杯だ。


「それにしても、あのもやを祓うやつ? ルンはMPとか使ったりするのか? って、MPがどんなものなのかオレにはわからんのだが」


「んーとね、MPってうよりも、集中力って言った方がわかりやすいかな? でも、わたしの中のナニカが減っていくような感覚はあるよ?」


「大変! それって大丈夫なの?」


「多分、一晩寝れば元に戻ると思うよ?」


「いや、でもこのことは上に報告しておこう。無尽蔵に祓えると思われて酷使されたらかなわん。」


「そうだね~、ルンちゃん、本当におつかれさま~」


 少し酔った緒方巡査がルンの後ろに回り込んで肩もみを始める。


「ちょっと志穂姉~、くすぐったいよ~」


 二人はベッドの上に座っているので、まあ、なんというか、ほほえましいながらも百合百合しくもある。



 二人はひとしきりじゃれ合い、緒方巡査の追撃を逃れたルンが、テレビのリモコンを手に取った。


「「あ」」


 ここはラブホ。


 目の前には大画面のテレビ。


 そんな状況で電源を入れたら何が始まるのかというと……




 オレは慌てて温め終わった弁当2個ともう一本の缶ビールをもって、ハヌーを抱えて自分の部屋に避難した。


 ホテルの構造上、他の部屋に行くには屋外に出る必要がある。


 オレは、警察官の制服のまま、ラブホの敷地内を歩いて隣の部屋にたどり着く。


 もし、誰かが目撃していたら、ラブホ敷地にタヌキ連れの警察官がいるって恐れおののくか、何かの不祥事と思って通報されるかのどっちかなのだろうが、幸い誰にも目撃はされなかったようだ。


 オレはルンの部屋で起きていることを想像しないようにして、飯を食って風呂に入って眠りについた。








 



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