軽トラ、世界を救う。

桐嶋紀

令成2年、地球→異世界転移。

異世界に転移したおっさん、佐藤真治は軽トラに救われる。

第1話 おっさん、佐藤真治の困惑。

「あっちゃ~、ここ、異世界だわ」


 今年50歳になるおっさん、佐藤真治は途方に暮れていた。

 

 ここは大草原の中を通る街道の脇、数本の大木がそびえる休憩に適した広場にある立て看板の前である。


 その立て看板には、記号? マーク? 絵? と、果たして何と表現していいのか分からない図形のような、決して地球上のどの言語にも当てはまらないような記号が羅列されていた。

 

 にもかかわらず、そのおっさん、真治にはその書いている内容が読み取れてしまったのだ。


「あ~、これは異世界ものテンプレの【全言語自動翻訳】ってことなんだろうな……。」

 

 真治は年甲斐もなく、アニメやらゲームやらラノベなどが大好きなオタク中年であったため、今自分がおかれた状況を理解できてしまった。


「ってことは、やっぱりオレは異世界転移しちゃったのか……。あの水たまり、怪しい雰囲気プンプンだったもんな~……」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 その日は朝から雨が降り、夕方と呼ばれる時間になる少し前にはすでにあたりは真っ暗であった。

 

 真治は職場からの帰り道だった。愛車の軽トラに乗り、晩酌のビール第三のを早く飲みたくて家路を急いでおり、通常の軽トラのイメージを払拭するようなスピードで駆けていた。

 

 その通勤路は、決して都会とは言えない、つまりは田舎の片道一車線の県道で、対向車や他に通る車もまばらであった。

  

 軽トラのヘッドライトの視界は狭い。その狭い視界の中に、大きな水たまりが見えた。自分が走る車線をふさぐような大きさもさることながら、出している速度の事もあり回避は出来ないと一瞬のうちに判断し、可能な限りの減速をして水たまりに進入することにした。


 暗闇の中の水たまりは真っ黒に見え、まるで大きな穴が開いているような錯覚に陥る。若干の不安を感じながらも水たまりに進入しようとしたまさにその直前、その水たまりの異様さに気が付いた。

 

 ただ真っ暗な黒さだけでなく、まるで周りの光を吸収しているかのような異様なくらさ。

 

 慌てて急ブレーキを踏むも、もとより間に合うはずもなく、軽トラの車体は水たまりに進入する。

 

 通常であればタイヤが水を押しのける抵抗を感じ、水しぶきが飛び散る水音がするはずなのだが、真治が感じたのは無音の世界と落下感。飛行機が急に揺れた時の腰の抜ける感覚とでも表現すればいいのだろうか。その浮遊感と落下感がないまぜになった状態で、真治は意識を手放していた。





――そして意識を取り戻したとき、


 周りは草原だった――。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



―――うーむ、理解が追い付かない。


 たしかオレは家に帰る途中で大きな水たまりに突っ込んだはずだが、そこから先の記憶がない。


 そして、今オレは大草原の真ん中にいる。というか、周り全部草原なのでここが真ん中かどうかも分からない。

 

 遥か遠くには山の稜線が見え、その手前には鬱蒼としてとても広大そうな森が見える。180度反対側は草原が低い丘のようになっている地平線だ。

 

 そして、オレは軽トラに乗ったままである。


 しかも、さっきまでは真っ暗な雨の夕方だったはずが、なぜか明るい昼間になっていた。太陽の光の加減からして、朝に近い午前中の早い時間といった感じだ。


「オレは一晩寝ていたのか?」 


 いや、なんとなくだが水たまりに突っ込んでからそんなに時間はたっていないような気がする。

 



 では、この状況はなんなのであろうか。

 

 現在地を確認しようにも、軽トラにはカーナビのような便利な設備はついていない。まあ、カーナビどころかカーステレオもAMラジオしかついてないし、エアコンも送風だけだ。ちなみに窓の開閉も手動である。

 

 ちなみに長男が自動車学校に通っている頃、我が家で唯一のマニュアル車であるこの軽トラで庭で練習をしようと乗り込んだ時には窓の開け方がわからなかったな。今の若い者はパワーウインドウしか知らないのだろう。

 

 ある意味、軽トラは現代日本のオーパーツだな。

 

 


 まあ、それはどうでもいいとして。

 

 オレは家に帰りたいのだがどうしようか。


 

 まあ、このままここにとどまっていてもどうしようもない。

 

 現在位置が分からないとはいえ、この場に居続けたところで事態が好転するとは思えない。とりあえず、低い丘のようになっているほうに傾斜を上って移動してみよう。高い所に行けば何か見えるかもしれない。


 

 オレはギアを入れ、クラッチを操作しながらアクセルを踏み込んで軽トラを発進させた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る