第7話 嫁との距離。



 さて、オレはこれから常識外れの事をする。


 異世界でスマホが使えるか試みるのだ。


 


 たいていの異世界転移物では、異世界ではスマホは使えない。使えるとすれば、スマホをチート的に使って活躍するような物語だ。


 だが! オレが転移したこの世界では『軽トラ』が存在するのだ! 


 こんな世界で『スマホ』が使えるなんて、そんなガバガバな設定なんてあってたまるか!



 でも、軽トラの説明書が、なんか『アプリ』になっているみたいだし、アプリを使うためなのかWifiが使えるみたいだし……。


 まあいいや。使ってみよう。


 


 スマホの設定からWifiを接続し、パスワードを入れることなく電波が繋がる。


 助手席ダッシュボードから「説明書」を取り出し、そこに印刷? されていたバーコードを読み込ませ、【異世界軽トラアプリ】なるものをインストールする。






 いや、ちょっと待て。


 異世界に転移して、スマホが使えるようになったんだ。


 アプリとか入れる前に、真っ先にするべきことがあるんぢゃないのか?


 



 ―――そうだ。家族に電話しよう。


 

 4Gアンテナは立ってないので、通常の電話機能は使えない。


 無料通話のできるアプリを起動して嫁に電話を掛ける。

 

 

 異世界に転移して体感で約5時間。


 転移したのは仕事から帰る途中だったから、帰りの遅いオレの事を、かみさんはさぞ心配していることだろう。


 コール音が数回鳴って、嫁が電話に出た。



「もしもし! オレだ! 心配かけてすまん!」






「……はぁ?」



「落ち着いて聞いてくれ! オレはしばらく帰れなくなったが、とりあえずは無事だから安心しろ!」



「はあ……?」



「話せば長くなる! 信じられないかもしれないが、落ち着いて聞いてくれ!」



「……何言ってるの? 残業? それとも急な出張? 夕飯いらないってこと?」



 うーむ、話がかみ合わない。


 オレの帰りが遅くなって心配していると思ったのだが……。ふと、スマホの時計表示を見ると18:30を少し過ぎたあたりだった。




「ところで、そっちって今何時?」



「そっちとかこっちとかよくわからないけど。18:30頃よ?」


  


 ……遅い時間ぢゃなくない? 


 オレの中では、夜の23時を回ったころになっていると思いきや、全然時間がたってないようだ。


 こちら異世界あちら地球では、時間の流れる速さが違うのか? 


 それならば、嫁がオレの事を全く心配していないのにも納得だ。



 ちなみに、軽トラのダッシュボードの時間表示は13:00を過ぎたところだ。


 時間の流れの速さだけでなく、時差のようなものもあるらしい。

 


 スマホに表示される時刻が地球時間、軽トラに表示される時刻が異世界時間という事だろうか。


 

 一瞬で時間の流れを理解したオレは気を取り直して、異世界に転移したことを嫁に説明する。


 いったいどれほどの心配をかけてしまうのかと心苦しく思っていると―――




「じゃあ、会社はどうするの? 給料もらえなくなるってこと? 生活費や子供たちの学費どうするの?」



 異世界に転移してしまい、なぜかスマホが使えたので嫁に連絡したらこう言われた。



 嫁から帰ってきた言葉は、まさかのお金の心配だった。

 

 嫁よ。オレの事は心配してくれないのか……。


 



 と、嘆く気持ちはありながらもお金のことは切実だ。それに世間体の事もある。

 

 オレは地球では行方不明者、失踪者として扱われるのだろう。


 短い期間ならば長い出張や転勤やらでごまかすことはできるかもしれないが、いつ元の世界に戻れるのかわからないし、そもそも戻れないのかもしれない。

 


 オレは家族をほっぽって扶養義務を放棄して失踪したろくでもない男として扱われ、その家族である嫁や子供たちに肩身の狭い思いをさせてしまうのだろう。

 


 生活費もだが、今、子供たちは長男が大学3年生、長女が大学1年生。


 嫁のパートの仕事だけではその学費と仕送りをまかなうことは不可能だ。


 子供たちに一生懸命頑張って合格した大学をやめて働けなどと酷なことはしたくない。




 うーむ、これはまずいことになった。

 

 異世界もの定番の、ご都合主義でなんとかならないのだろうか?


 

 あ、ご都合主義と言えば、スマホに【軽トラアプリ】をいれたんだったな。

 

 異世界軽トラの詳しい事はヘルプを参照とか書いていたが、ほかになにか、運営への苦情とか要望とか入力するフォームみたいなのはないだろうか。


 あったら思いっきり文句つけてやる。




 【軽トラアプリ】を開いてみる。

 

 ホーム画面のメニューには、さまざまなアイコンが―――なかった。

 

 そこには『へるぷ』のアイコンが一つだけ。


 まあ、【取り扱い説明書】を書くのさえ面倒くさがっていた人? がアプリなんて細かく作り込むわけはないのか。


 オレがヘルプで問い合わせた内容を見て、それに答えを返すだけなんだろうな。


 

 まあいい。こちらの意志を伝えることが出来るのならばむしろ好都合だ。


 このアプリの向こうにいるであろう存在、「X」に不満をぶつけてやろう。






『あなたのせいで、こんな異世界に転移させられてしまった佐藤と申します。なぜ転移させられたのかとか、この軽トラの仕様のこととか、色々聞きたいことはありますが、とりあえず大事なことを一点ほど。

 私が転移したせいで、地球にいる私の家族の生活が、主に経済的に脅かされています。この件に関する補償を求めます。これはお願いではなく正当な要求です。』



―――さて、返事は返ってくるだろうか。





5分後




『あー、そっかー。リアルの異世界転移だとこんなめんどくさいことになるのね~。困ったわね~。何とかしてあげたいけど、さすがにお金はあげられないしー。

うーん、どうしよ。あ、わかった! どうにかするから待っててね~(^_^)v』



 




 ……なんだこいつ。



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