第47話


 ちゅんちゅん、という鳥の声にぼんやりと意識が起き始める。


 胸のあたりに温かい感触がある。それは小柄で、柔らかくて、甘い良い匂いがして無意識にきゅっと抱きしめた。あまりの抱き心地の良さに、ほわほわする大きな幸せを感じる。


 だんだんと意識が鮮明になり始め、ついに目蓋を開くとミルクティー色が視界に広がっていた。


 一気に目が覚める。


 慌てて横たわったエビが下がるように体を引くが、離れることが出来ない。毛布を剥がして足元を見ると、細くて白い美脚が絡みついていた。


 どうすればいい? と慌て困惑していると、倍速カメラが捉えた朝顔の開花みたいな速さで、首を挟むように白い綺麗な腕がにゅきっと伸びてきて後頭部を押さえられ、そのまま額をモユの額に近づけられる。


「おはよう、レインくん」


 白い朝日を浴びた寝起きのモユの顔は、いつもの可愛いが全て美しさに変換されている。大人っぽくて、どこか神秘的で、それでいて妖艶さもあって……まずい。慌てているのとは違うドキドキもしてきた。


 後頭部を押さえられているので上じゃなくて下に視線を逸らすと、寝巻きがはだけ晒された滑らかな肩、大きくはないけどたしかにある谷間が目に入る。再び顔に目を戻すけど、綺麗すぎる顔に動悸が激しくなる。


 抱き心地の良さは続いていて、接しているところから常に幸せが送り込まれているよう。体内から解きほぐされて全身が弛緩していくのに加えて、モユの女の子の優しくて甘い香りに脳内まで溶けてきた。


 折れてしまいそうな華奢な体躯できゅっとを抱きついてきたモユは、にたっと細めた目を合わせてくる。上気したように染めた頬、艶やかなピンクの唇、蠱惑的で扇状的な表情をしながら、絡んだ脚を擦り合わせてくる。


「ボクに無茶苦茶していいんだよ?」


 煽られたせいで思いっきり抱きしめたい強い感情に襲われる。それは激情とも言えるほどで、キュートアグレッションに似た衝動に駆られプルプル震える。


 ……が、そんな俺たちを見下ろすアルを見たおかげでしっかりと抑えられた。


 ありがとう、アル。そんな冷めた眼差しを向けてくれて。


「ねえ、何で俺の毛布に入りこんでたの?」


 昨日、一日中魔導書作成に時間を費やして、今朝空がしらむ頃に眠りについたのだが、その時俺以外の三人は休息のため帰宅していた。だからいつの間に潜り込んだのだ、と問いただしたのだ。


「理由はいるかな?」


「いらない」


 冷静になると理由を聞くのは怖いことに気づいたのでそう断じたあと、頑張ってモユを引き剥がした。


「もうちょいだったのに」


「もうちょいじゃないですよ、モユさん! 研究室で何をしようとしてたんですか!?」


「えー? アルくんは何を想像したのかなー? もしかして変なこと考えてたり? えっちなんだー?」


「ち、違います!! 変なことなんて考えてません!」


「答えは〇〇○だよ」


「じゃあ合ってるじゃないですか!! ……ハッ!? う、ううう嘘です! そんなこと考えてません!!」


 顔を真っ赤にして必死に否定するアルを見てモユはからから笑い立ち上がる。んーと目を細めて伸びをした。


「大丈夫、冗談だから」


 本当に冗談か疑わしいが、冗談と言ったのはモユなので大義を得て俺は信じた。


「そう、冗談だって」


「……レインさんって、酷い男性ですよね」


 アルに酷く冷たい眼差しを向けられて、俺は思春期の娘のご機嫌取りにケーキを買ってくる父親のごとく魔導書を取りに行く。


「アル、そんなことよりほら!!」


「魔導書……ってことはついに出来たんですか!?」


 こくりと頷くと、アルは手を取って跳ねた。


「やりましたね! バリアの魔法で装備を作れるようになるなんて!」


「うん。昨日、丸一日かけた甲斐があったよ」


 昨日のことを俺は振り返った。






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