第59話
ロレンツォがモジュー領に旅立ってから、一週間後のこと。
父からの呼び出しを受けた俺は、一人登城していた。
ローレルの誕生会以来、一年以上ぶりの王城。それでもわかるくらい、王城の雰囲気はがらりと変わっていた。
いや、俺がいるからこの空気になっているのだろう。
使用人も、兵士も俺を目にすると口をつぐむ。旧知の臣下は、俺に挨拶するどころか、目を合わせることすらしない。時折、声が聞こえると思えば、くすくすと笑う嘲りの声だ。
気分はよくない。それ以上に、疎外感が苦しい。
こうなってしまうのは仕方がないこだとわかっている。
王城。父のお膝元。一年も経ったのだから、ローレル派閥に染まり切っている。
だから、俺と親しくしている様子など、見られれば、どんな目に遭うかわからず、保身のためにも、俺を敵と扱うほかないのだ。
わかる。わかるけれども、感情は別。流石に憤りを感じる、というより、息苦しすぎる。
呼び出しにはまだ時間があるため、廊下を歩いて、とりあえず自分の部屋へと向かう。
「うわっ。ごほっ、ごほっ。ひどいな」
扉を開けてみれば、ホコリがうわっと中から飛び出してきた。そして、何とか開けた薄目には、悲惨な光景が飛び込んでくる。
天井に巣食った蜘蛛の巣。床に積もった埃に、ベッドの上の毛布はカビている。
こうなることも理解できる。人目を憚ってまで俺の部屋を手入れするほどの価値はなく、手付かずになっているのも理解できる。
だがこれはない。別に綺麗好きというわけではないが、これはない。
廊下でうろうろしようかと思ったが、外聞が悪いため、諦めて部屋に入る。
窓を開けて、窓枠をぽんぽんと払いそこに座る。
空も曇天。重苦しいグレーの雲が垂れ込めている。
はあ。
こんなところにいれば、よくないことを考えそうだ。用事が済んだら、すぐに帰ろう。
***
王座の間に入った瞬間、妙な既視感を覚えた。
式典のように、赤い絨毯の両脇に並ぶ城づとめの家臣。その中に、王座から見て最前列にいる何人かの見覚えのない身なりのいい男。父の横に立つローレルと、側にある荷車にのった金銀財宝の数々。
一度も見たことがない光景だというのに、なぜか既視感がある。
ただお呼びです、登城するように、としか言われていないので、この大仰な様子に驚いてもおかしくはないのだが、既視感のせいか驚きがない。
なんだ、この感覚?
案内に従い俺も列なると、父が玉座から立ち上がった。
「まずは礼を言おう。私の忠臣の皆に報いたいという思いに応え、よくぞ集まってくれた」
財宝に目を向ける。
どうやら、褒賞をくれるみたいだけれど、何の功もたてていないのだから疑念を覚える。
ちら、と周りの人を見るが、驚いている様子もない。この方々は何か功をたてたのだろうか。いや、ずっと国内にいたが、これほどの財宝を受けるに値する功を立てた話なんて、噂ですら耳にしていない。
と、すれば……はあ。
おそらく俺以外は財宝を贈られることを知っていた。つまりは、俺が知ればこの場に出ることを拒む可能性がある、と知らされなかったということだ。
そんな考えにまで至れば、大体この場の意味がわかってくる。
「レインよ。前に出ろ」
長々とした前置きが終わると、俺は呼び出された。
前に出て跪くと、父に声をかけられる。
「お前には、王家の血を引く者として、さらなる忠義忠節を期待し、宝剣を贈る」
何の功績も立てていない俺に、ただで宝剣をくれる。ああ、なんて、愛情の深い父親なのだろうか。
とは思わない。
俯きながら、目だけでローレルを見る。その手には、やはりというべきか、宝剣があった。
これから行われるのは、ローレルからの剣の下賜。つまりは、俺がローレルの臣下であることを示す儀式だ。
おおよそ、ローレル擁立の最後の仕上げといったとこだろう。そう思えば、見覚えのない貴族は反ローレル派、もしくはそれに近い立場の貴族か。俺が服従するところを見せ、さらに、宝物を与えて懐柔するつもりなのだろう。
はあ、と深いため息をつきそうになる。
この儀式自体には文句はない。だが、この程度の場に出ることを拒むと思われ、知らされていなかったことには憤りを感じざるをえない。
どこまで、あの人は……。
「面をあげよ」
従えば、ローレルが俺に剣を差し出していた。
「有り難く」
俺は受け取ったあと、適当に忠義を誓って、元のところに戻った。
***
全てが終わり、玉座の間をあとにした。
存分にため息を吐きつつ、一人廊下を歩いていると、背中に声が届いた。
振り返ると、ローレルが優しい笑みを浮かべている……その時、また既視感を覚えた。
『お兄様。先ほどは、私から剣をお贈りいたしましたが、臣下とは思っていませんので。今後も、妹として、私に接してくださると嬉しいです』
大して接点のない、特に仲良くもない、固さの残った言葉が、幻聴として聞こえた気がした。
「お兄様」
「あ、ああ。何か御用でしょうか?」
誰もいない廊下だが、人目を気にしてそう尋ねた。
すると、ローレルは優しい笑みのまま言った。
「お兄様。先ほどは、私から剣をお贈りいたしましたが、臣下とは思っていませんので。今後も、妹として、私に接してくださると嬉しいです」
強烈な悪寒に、全身に鳥肌が立つ。
なん、だ。これ?
「お兄様?」
「い、いえ。お優しいお言葉ありがとうございます、それでは」
「ええ。では」
ローレルに背を向けて歩き出す。
得体のしれない気持ち悪さがまとわりついて離れない。
それは、幻聴と同じ言葉がローレルの口から紡がれただけではない。ローレルの反応に違和感を抱いたことも原因だ。
どうしてだ?
大して接点のない、特に仲良くもない、固さの残った言葉。それは当然じゃないか。何にこれほどの違和感を覚えている?
ぐるぐると考えていると吐き気までしてきた。
いや、きっと何か気のせいだ。こんな所にいるから、よくない考えをしているだけだ。早くミレニアに帰ろう。
俺はすぐさま城を出て、家路を急いだ。
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