第62話

「ロレンツォ、この修正力から逃れるには物語からは外れる必要がある」


「そうでしょうね」


「ああ。だから、俺が元首になろうとする理由を突き止め、その気を失せさせなければならない。ロレンツォ、その理由に心あたりはあるか?」


「いえ。さっぱりわかりません。以前、ローレルの誕生日会に王都へ赴いた時、レイン様は元首への未練などないと語られたじゃないですか」


「そうなんだよ。でも、心当たりがないこともない。この前俺は、不遇な環境から抜け出すために元首候補に名乗りでようと考えた」


「それが答えなのでは?」


 俺は首を振る。


「勿論、そのことは元首になりたい理由に関係があると思う。でも、それだけでは説明し切れないんだ」


 ゲームでは、と俺は続ける。


「ローレルに鞍替えしたことがきっかけで、元首になりたいレインはローレルに嫉妬するようになり、兄妹仲が悪くなる。そしてローレルから候補の座を奪い取ろうと悪事の限りをつくすようになるんだ」


「つまり、不遇な環境におかれる前に元首になりたいと思っているはず、ということでしょうか」


 頷くと、ロレンツォ眉をしかめた。


 理由を考えてみるが、思いつかない。


 答えがでない、か。お手上げだ。まあ、答えはでなくてもいい。


「ロレンツォ、俺を牢に閉じ込めることはできるか?」


「出来ますが、私にそうせよ、と?」


「ああ、俺はきっと自分を縛ることができないからな。当然、したくない、という意味じゃないぞ。俺には修正力が及ぶから、牢に入っても何とか抜け出して、物語の成立に向かおうとするはずなんだ」


 でも、と続ける。


「修正力が及んだものに対して、ロレンツォが上回ればきっと俺を牢に縛り続けられる」


「どうしてそう言い切れるのですか?」


「ロレンツォが俺の記憶を呼び起こしたからだ。わざわざ消した記憶を戻すような真似はすまいよ。登場しない人物は、登場人物に対して影響を与えることができると見ていい、というか見なけりゃどうしようもない」


「では私が常にレイン様の記憶を戻し続ければ、牢につながなくとも済むのでは?」


「また記憶が消えない保証も、元に戻る保証もない」


 それに、弾性ならば、記憶を戻されたなら記憶が戻らないようにしよう、と働くだろう。物語から外れるはずのローレルが元首候補に戻ったり、モユが商業に携わるようになったり、と。


「ではやはり、元首になろうとする理由を突き止め、その気を失せさせなければならないですね」


「いや。物語が終わるまで、誰の手も届かない牢に繋ぐだけでいい。たしかに何が起きるかわからないし、誰の手も届かないってところが難しいけど、それが一番現実的な物語から外れる方法だ」


 しかし、と続けるロレンツォを、それより、と遮った。


「主人公とレガリオの王女に恩を売るぞ! 記憶を失ったせいで時間がない! 主人公とレガリオの王女は窮地に陥るんだ! それを防げば恩を売れる!」


 ロレンツォは、はぁ、とため息をついた。


「最早それは、ただ助けるというのではないですか?」


 痛いところをつかれる。たしかにそう。恩を売ることは、一切の意味を持たない無駄な行為だ。でもだからといって、見過ごすのは気持ちが悪い。


 だが、無償で助けるというのは性に合わないので、恩を売るということにする。


「いいや、恩を売るんだ。何かあった時に、物語から外れた人間がロレンツォみたいに思い出させれば、命拾いするかもしれないだろ」


 ぱっと思いついた、もっともらしい嘘をつくと、ロレンツォは呆れたように息をついた。


「あなたが行ってきたことはあまりに賢くない。恩を売るなんかより、打ち倒したり、もっと良い方法があったはず。恩を売るにしても、一度窮地に陥らせてから恩を売った方がいい。頭が悪くないあなたなら、その程度ことは思い浮かぶ。だがそれでもしなかった。それはあまりに賢くない」


「バカって二回言うなよ」


「バカなのはバカでしょう。ですが、愛すべきバカだ」


 レイン様、とロレンツォは真面目な声を出した。


「あなたを物語から外す役割、私に担わせてもらえませんか?」


「ああ、頼む。しっかりと牢につないでくれ。そして大体、4、5年たったら出してくれ。頼むぞ、まじで出してくれよ」


 ロレンツォは首を振る。


「いいえ、牢には繋ぎません。馬鹿な主君に代わって、賢い臣下がよい方法を考えます」


「ロレンツォ……」


「勿論、無理そうなら繋ぎますけどね」


「おい」


 冗談です、とは言わなかったので、どうやら本気らしい。まあ、そっちの方が望むところではあるけど。


「なら、ロレンツォに任せる。ただ、馬鹿な主君の呆けた戯言を聞いてくれ」


「はい」


「記憶が戻ってから、ローレルが元首候補に名乗りを上げるまで。もっといえば、大侵攻が起こったその周辺に、俺が元首になりたくなるよう煽られる何かがある、もしくはあるはずだった」


「言い切れますか?」


「ああ。現時点で、俺が元首になりたいと思っていない。加えてヒロイン4人それぞれに元首になりたい理由があるのに、俺だけないとは思えない。隠された理由がきっとあるはずだ」


「なるほど」


「そしてそれは、不遇な扱いの中の何かだ。色々と理由がありすぎて絞れないけれど、最終的にその一つが膨らんで俺は元首になりたがる。そして物語は修復される」


「では、不遇な扱いの内容をお教えくださいますか?」


「ああ。ついでに、どうせレガリオで起こることも教えないと横入りできないし、4人の理由も話すよ」


 自分で言っておきながら、見当もつかない。情報が少なすぎて、ミステリーなら0点だ。どんな名探偵でも解けやしないだろう。


 だが、ロレンツォなら答えを得られるような、確信に近い期待があった。


「ロレンツォ頼む」


「ええ、レイン・クウエストの、聞けぬ悲鳴を、見えぬ涙を、見つけてみせます」


 それと、とロレンツォは言った。


「レイン様が忘れても、シリル様の件について、モユ様とローレルにどう釈明するかの悩み事は、しっかり思い出させてあげますよ」


「それだけは思い出させないでくれ」


 それから俺は、4人の背景と、レガリオの王女に恩を売るために今後すべき計画を、ロレンツォと話しあった。


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