第63話


 街から離れた野原。あちらこちらで、魔法が着弾した衝撃で砂煙が巻き上がっている。


 視界も悪く、爆風吹き荒れる中を、俺はへいこら逃げ惑っていた。


「この程度ですか、レイン様?」


「うるさい! 無理だ! 無理!」


 ロレンツォに文句を叫んでいると、殺気を感じてのけぞる。目の前を木剣が通り過ぎると、俺はまた叫んだ。


「チーク!! 危ないだろうが!」


「あーおしい。レイン様、避けないでくだせっすよ」


「避けるわ! 怪我するわ! っと、うわっ!?」


 また砂煙の中から剣が飛んできた。屈んで躱すと、そこを魔法が飛んでくる。横っ飛びにゴロゴロと躱すと、また追撃がくるので慌てて立ちあがる。


「ほらほら、相手は沢山いるので、無駄口叩いてる暇ねっすよ」


 別の兵士が襲ってくるので、ハハハ、と笑うチークを睨みつけてる間もない。


 くそっ、30人超えの相手は無理だろ! しかもいつも通り魔法使えるやつはいるし!


 甘えた突きを放った兵士の腕をとって投げる。


 よし、これで1人。あと、30何人だ……というか、何で俺はこんなことをしてるんだろう?


 俺はその理由を振り返る。


 ロレンツォが帰ってきてから、一週間後のこと。


 また休みを取る、と何処かへ出かけて帰ってきて、部屋に閉じこもったロレンツォは、三日後、出てきて俺に「レイン様、暇なのですから訓練をしましょう」と言ってきた。


 メンタルが心配になった俺は、「うん。俺で良ければ、つきあってあげるよ」と優しさを出したのだが、それが運のつきだった。


 初日はロレンツォとの一対一だった。木剣を使って戦ったのだが、驚くべきことに、俺の身体能力が凄すぎて肌に触れた剣が砕けたのだ。いや、それは、もはや身体能力と言っていいのだろうか、とは疑問に思うが、さておき俺は、自らの隠された能力に気づいて歓喜した。


 浮かれている俺を見て、ロレンツォは言った。


「これなら、魔法を使っても良さそうですね」


 訓練に魔法が投入され、耐えしのぐと、今度は


「素手でもよさそうですね。こっちは剣もまじえてみます」


 と、耐え凌ぐと


「人増やしても良さそうですね」


 と、どんどんエスカレートすること1ヶ月。腕自慢の住民から兵士まで。ロレンツォが出した、レイン様のために訓練を手伝おう、という御触れに日に日に人が集まり、今や順番待ちの大行列。


 俺のため、とだけで、何のためかも曖昧であるにも関わらず、嬉々としてボコりに集まってくるのだから、日頃からよほど恨みを買っていることが窺い知れるというものだ。まあ何もしてないのに民の税で偉そうに暮らしているのだから、当然っちゃ当然なんだけど。


 ただ皆の不満はわかるが、俺の不満も相当だ。強い兵士には最大限の警戒を、同時にやりすぎないよう最大限の配慮をしながら戦う訓練を、素手で強いられているのだから不満も溜まる。


 勿論、反抗していないわけではない。


 幾度となく逃亡を図ったが、それも全て誰かしらに見つけられ、今では姿を見られるだけですぐにでも報告がいき、訓練に連行される始末。


 捕まったのなら、と、この人でなしども解放しろ、という旨の罵詈雑言を山ほど浴びせたが、効果なく、俺のためなら憎まれてやるだの嘯いて、意気揚々と殴りにくる。


 全く、どこまで俺は嫌われているのだろう。


 城にも、この町にも、もはや居場所はない。やはり、ここ最近思うように、元首になろうとするべきか。元首にさえなれれば……。


「うわっ!?」


 魔法が飛んできて、飛び退く。


「惜しいっ」


 ロレンツォの声に、周りからも、ああ〜、という落胆の声があがる。


「何が惜しいだっ!? くそ、このサディストどもが! ボッコボコにしてやるから待っとけ!」


 色々と考えたいことはあるが、今はこの訓練を無事に終えなければならない。


 俺は訓練に集中することにした。



 ***


 ほうほうの体で訓練から帰ってきた俺に待っているのは、カレンのありがたーい、お授業である。


「反乱においては、民の不満が暴発し、反乱勢力が生じるケースがあります。彼らの不満を解決することは第一命題ですが、反乱勢力の要求を飲むことと民の要求を飲むことは別です。多くのものは不干渉を平穏を貫きたがるものであり、武装して積極的に戦う彼らと民衆は別個と考え、民意を正しく汲み取ることが大切です」


 反乱に関する授業が、ここんとこずっと続いている。初めは俺が聞いたらしいのだけど、何のためかは覚えていない。


 聞いた日は、ロレンツォが帰ってきた日の夜遅くらしく、そもそもその日は、


「また、反乱を鎮圧する上で、武力、というのは避けられませんが、武力だけでは締め付けに反発が強くなるだけなのもまた事実。そこで、反乱勢力は民の支持なくてはならない点に注目するべきです。反乱勢力は、支援を受けられないと補給ができず、潜伏先の確保が困難になり、存在意義という面でも妥当性を欠如し、勢力を維持することは難しくなります。ですので、民心を掌握することが肝要かと」


「あー、あの、カレン?」


「何でしょうか? レイン様?」


「もう十分わかったからさ、授業はもういいよ」


 自分で聞いておきながら、教えなくていい、と言うことは憚られたが、連日続けば流石に苦痛だ。


「いえ、やめません」


 カレンは毅然と首を振った。


「ええ。カレンも忙しいだろ?」


「忙しいのは苦ではありません。眠る時間を減らせばいいだけの話です。それより……」


「それより?」


「愛くるしいレイン様のご命令をお守りできないことの方が、何千倍も苦しいのです!」


 はあ。それかあ。


 そういや、嫌がっても教えてくれ、と頼んだのだった。本当、そのときの俺が考えなしすぎて殴ってやりたい。


「わかったよ、悪かった。授業を続けてくれ」


「はい!!!!」


 俺は渋々と、話を聞くことにした。


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