第77話


 窓を開けると、焼いた肉の煙がもわっと出て行き、代わりに朝の冷えた空気が入ってきた。


「どれも変わらないなぁ」


 紫キャベツの液に多々の調味料を加えて色の変化をメモし、一通りをソースにしたのだけれど、どれも柔らかさは変わらなかった。


「うーん、ここまで結果がでないとなると、柔らかくする調味料がないんじゃなくて、時間、が問題なのかな。ソースをかけて数分程度じゃ変わらないし、肉自体にしみ込ませないとダメかも。そもそも焼いてからじゃない方がいいのかな?」


 テーブルについたアルがうんうん唸っている横で、ネコルが苦しそうな顔をしている。かく言う俺も、うぷっ、と吐きそうになっていた。


「暗中模索するしかないけど……」


「はい、わかってます。時間も実験に回す資金もないですもんね、何とか早く見つけないと」


「悪いな、アル。ただでさえ結果が出てないのに、今後あまり手伝うことができなくなる」


「気にしないでください。ラーイさんとフランには、火薬意外にも、催しに向けて沢山の仕事がありますから。むしろ、手伝ってもらって申し訳ないくらいです」


 にこっ、と笑うアル。昨日は沢山動いて、尚且つ徹夜したというのに、気遣って無理に笑ってくれる。なんて、いい子なんだ。


「ありがとう、アル。倒れないよう程々にして、寝てくれよ」


「はい、そうします。ラーイさんは?」


「俺は料理を待つ間、仮眠してたから大丈夫」


「待つ間、って、ソース作っている時間と肉焼く時間だけじゃないですか!? ダメです、寝てください!」


「じゃあアル、一緒に寝よう。抱き枕があると寝やすい」


 そう言うと、アルが顔を赤くして驚いた。


「うええ!? だ、ダメですよ!」


「そっか……だめかぁ」


「え、ええ!? そ、その、じゃ、じゃあ、僕なんかでよければ……」


「冗談だよ、寝に行くよ」


 アルをからかって、咎める声を背に自室に向かう。


 たどり着くと、ベッドに転がって目を閉じた。


 瞼にぬらりとした感触があって、飛び起きる。


「!?」


「ちょ、ラーイ。そんな勢いで起きられると、顔がぶつかりそうになんじゃん」


「え、あ、ごめん」


 ふいに謝ったが、フランのとろんとした顔を見て考えを改める。


 こいつ、瞼を舐めやがったのか?


 疑いの目を向けたときには、いつもの爽やか清純美少女の顔になっていたので、化かされた気持ちになる。


「はよ着替えろ〜」


 まだ寝たばかり……と言おうとしたが、窓から差し込む光が明るくてやめた。


 目を閉じてすぐの気がしていたのに。よほど、疲れていたみたいだ。


 だが、止まってはいられない。時間はないのだ。


「わかった、すぐ着替えて出る」


「うん、ここで待ってる」


「外で待ってて」



 ***


「やっとついたね」


「ああ、片道3時間くらい、か。結構遠かったな」


「足が震えてる、ラーイは大丈夫?」


「俺は何とか。フランは?」


「大丈夫じゃない」


「なら、大丈夫か」


「おい」


 なんて軽口を叩きながら目の前の家屋まで歩く。


 地図に書かれたこの家屋は、王都から西に進んだ川沿いにあった。


 周囲に村などはなく、林の前に一軒ぽつんと佇んでいる。住居と言うよりは、大きな物置といった見た目で、本当にここに人が住んでいるのか怪しかった。


「ごめんください!」


 扉の前で呼びかけてみると、中からゴソゴソと物音がしたのち扉が開いた。


「どちらさんだい? って子供じゃねえか、俺に何か用か?」


 出てきたのは、背の高い男。30、40のガタイのいい男で、声の張りからも力強い印象を受ける。


「はい。火薬を扱う方がここに住んでらっしゃる、って聞きまして」


 俺がそう言うと、男はにやと笑う。


「ほう、いかにも俺は、毎日火薬をいじってる男だ。お前さんたち、火薬に興味があるのか?」


 頷くと、男は快活に笑った。


「ははは! 子供に教えるようなもんじゃねえが、興味を持ってここまできたってんなら教えてやらねえとな!」


 俺とフランは顔を見合わせてすぐ声を上げた。


「ありがとうございます!!」


「危ねえから、さわんじゃねえぞ。で、お前さんたち、名前は?」


「ラーイと申します」


「ラーイね。そっちの嬢ちゃんは?」


「申し遅れました、レガリオ第二王女、フランと申します」


 急に男の顔色が変わる。怒気を孕んだどす黒い表情に、気分を害したことを肌で感じた。


「帰れ」


「な……!?」


「帰れっつったんだよ」


 急変した男の態度に、困惑と恐怖の入り混じった思いをする。


「あ、あの、お話を……」


「話すことなんてねえ」


 男は取りつく島のない態度でそう言い、家に入っていってしまった。


 しばらく立ちすくんでいたが、我に帰ってフランに問いかける。


「どうする?」


「え……あ。どうしよう」


「わからないけど、話を聞かせてもらえなさそうだな」


「……うん」


 フランは俯いて零すような声で言った。


「諦めるにしろ、何にしろ、今日のところは引こう。あの様子じゃ、どうもならないし、ここいて、他のことをやる時間がなくなるのもよくない」


「……そうだね、帰ろう」


 俺とフランは来た道を辿った。



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