第44話
「二度と私の隣に座ろうと思うな! 次に隣に座ったその時は、私の心臓が弾け飛ぶと思え!」
と、シリルにお叱りを受けたあと、
「あ、待って! その……今日も待ってるから」
と、人形遊びのお誘いを受けた授業後。昼食の食堂へとゆっくりと歩きながら、俺は考え事をしていた。
前回に、1stステップを成功させ、普通にやり取りできていたから接触しても大丈夫かと思ったけれど、まだ無理そう。人前だから気にしてはいけない、と留意する分、余計気にしてしまうのかもしれない。
やっぱり、王子様扱いしないとダメそうだな。
よし、ちゃんとステップを踏もう。1stは成功したとして、今日の人形劇では、2ndの女役を譲ってもらうとするか。ただでも急いては事を仕損ずる。今日うまく行かなくとも、8回も残っているし、のんびりとやっていこう。
「お待ちくださるかしら?」
そんな声が背中に届く。振り返ると、華美なドレスを着た女の人と、その人のおつきらしいメイドがいた。
ドレスの人はゲームで見たことがある、この国の王妃だ。
「何かご用でしょうか、王妃様」
他国の王子が傅くのも変なので、礼をしてそう尋ねた。
「まあ、綺麗な礼をするのね。それに、私のことを知っているの?」
王妃はぽやぽやとした笑顔を浮かべている。
会ったこともない相手が名を知っていたことに抵抗感はなさそう。まあ、そんな経験ばかりだろうし、そりゃそうか。
「はい。申し遅れました、私、レイン……」
「もう、知ってるわよ。レイン王子でしょ」
何となく調子がくるう。まあでも、狸、って感じはしないし、こういう性格の人なんだろう。
「王妃様、ご用事があったのでは?」
「ああ、そう。そうなの、レインくん!」
はい、と答えると、王妃は笑顔で尋ねてきた。
「シリルはどうかしら?」
どう、とは?
もしや、シリルが婚約者としてどう、と聞いてきている? というか、そんなことを聞いてくるなんて、部屋で会ってることがバレたか?
いやバレてはない。見つからないよう気をつけていたし、仮にそうならもっと騒ぎになるはずだ。
まあ、どんな意図があるとしても、何にせよ、答えは変わらない。
「シリル様は優秀で皆様にも好かれている素晴らしい方だと思いますよ」
「あらあら、あの子はレインくんのお眼鏡に叶ったようね」
「いえ、そういうことではなく……」
「そうなの……レインくんはあの子のことを良く思ってないのね」
「いえ、そう言うことではなく……」
「うふふ、冗談よ」
ためいきをつきたくなった時、メイドから怒声が飛んだ。
「王妃様!」
「まあ怒られちゃったわ」
「レイン様、大変なご無礼を!」
いいのですよ、と言うと、メイドはぺこりと頭を下げた。そしてじとーとした目を王妃に向けた。
「王妃様、レイン様にお尋ねしたいことがあったのでは?」
「そうだったわ! レインくん、シリルはどう?」
「またですか?」
「ちがう、ちがう。私が聞きたかったのは、シリルが元気してるかってことなの」
「元気?」
王妃はこくりと頷いた。
「ほら、私もあの人も、シリルも忙しいから、たまの食事でしか知れないのよ。でもレインくんは毎日会ってるじゃない?」
「会ってはいますけど、食事とかも別ですし、とくに会話もしていませんし、別の方に聞いた方が参考になると思うのですが」
「ううん、君から聞きたいんだ」
「それはどうしてでしょうか?」
「なんとなく」
「はあ」
要領を得なくて困る俺を見てか、王妃はころころ笑った。
「そう、なんとなく。なんとなく、君はあの子を見ている気がしてね」
その見ている、というのは、物理的に見ている、とは違う意味のような気がする。かと言って、どういう意味の見ているかはわからないけれど。
まあでも、わからないけれど、見ている、という言葉は否定したい。なんかキモくて嫌だし。確かに探るために見ていた時は多かったけど。
「見ていませんよ」
「そう? でも、あの人はそう感じているみたいよ」
「王様ですか?」
「うん。だから君から、シリルが元気にしているか、凄く聞きたがっていたの」
何が、だから、なのかもよくわからない。
「で、どうなの? シリルは元気?」
「見ている限りでは、元気にやってますよ」
「そう! よかったわ! ありがと、レインくん!」
用事はそれだけだったようで、またね、と言って二人は去って行ってしまった。
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