第43話
「レー君! 今日も帰りが遅かったけど、何してたの!」
「ちょっと、仕事が長引いてね、シーちゃん」
「本当? 女の子と遊んでたんじゃ、なーいー?」
「当たり前だろ〜。こんな可愛いお嫁さんがいるというのに、他に目移りするわけないじゃないか〜」
「そうだよね! レーくんは私が好きすぎだもんね! でーもー、今度不安にさせたら、ネコの手パンチしちゃうぞっ!」
「ハハハ。ネコパンチじゃなくて、ネコの手パンチかぁ〜。ただの、グーパンかぁ〜」
件の人形遊び、1回目。人形片手にニコニコ笑顔のシリルに、俺はどうにか合わせていた。
これが毎週1回あるのか。げんなりしそうではあるが、そうなっている暇はない。
3ヶ月は13週。既に、3週間という時間が経過しているので、残りは10週。つまりは、今日含めて、あと10回しかシリルと過ごす時間はなく、その間に、その他大勢と同じくシリルを王子として見ている、と理解させなければならない。実は私は女の子なんだ、という告白を聞いた俺が、だ。
そう聞くと、無理に思えるが、そんなことはない。
この一週間。人形遊びを通じて、シリルを王子として見ていると理解させるための3stepを考えてきた。
それは、
1st 男役が下手。
2nd 女役を取る。
3rd 王子様として扱う。
の3stepだ。
まずは男役の下手さを見せつけ、人形遊び成立のために女役をもらい、その流れでシリルを王子様として扱う。
これなら、比較的自然にシリルを王子様扱いできるし、人形遊びというシリルの願いを叶えるのだから嫌われる要素もない。まさに非の打ちどころがない作戦といっていいだろう。
この難題に最適解を導き出した俺の天才ぶりには、我ながら脱帽しそうだ。いや、成功しないうちからいい気になるな。まずは、1stステップを成功させよう。まだ男役が下手なところは見せられていないのだ。チャンスを窺え。
「浮気問い詰めからの愛再確認シチュエーション、楽しかった! えっと、次はぁ、二人になっちゃってドキドキシチュエーションにしよう!」
そう言うや否や、シリルは早速照れた感じの雰囲気になった。
「あっはは。二人に……なっちゃったね」
シリルに合わせて俺も初々しい演技をしてみる。
「だ、だね」
「その、さ、何か変だね」
「俺も……かも」
「それってさ、私と一緒だから?」
「うん、そうだと思う。何だか、君といると、変なんだ」
「どう変なの?」
「おかしいんだ。一人だとこんなことは思わないのに、でも、君といると、その、一人でいる気がしなくて」
「そりゃそうでしょうよ」
下手さをアピールしにいったら、突っ込まれた。よし、成功だ。
「せっかくドキドキの雰囲気だったのに。むぅ、仕方ない。じゃあ次は、恋人記念日にお互いに褒め合うカップルね!」
シリルは気を取り直したように、人形を動かした。
「今日で、付き合って1年目だね」
「そうだね、もう一年経つのかぁ」
「ねえ?」
「なに?」
「その、レーくんはさ。シーちゃんのこと、飽きてきていない?」
「そんな、まさか。僕は君に夢中だよ、これまでも、これからも」
「えー、もーう。そんなこと言っちゃって! レーくんは、今日もかっこいいね!」
「シーちゃんも可愛いよ」
「うーそー」
「ほーんーとーう」
「じゃーあー? どれくらい? かーわーいーい?」
「砂山を作ったあとに見る雨くらーい」
「わからん」
またシリルに突っ込まれた。よし、いい調子だ。
「どれくらいなのか、全く伝わってこない。その比喩は何なら喩えられるの? いい感じに甘々になってきてたのに……。まあいいよ、じゃあ次は、遠く離れることが決まった恋人以上友達未満のシチュエーションね!」
そう言うやいなや、再びシリルが演技モードに入る。
「今日で君といるのが最後かぁ」
俺もシリルに合わせて演技する。
「なーに、寂しそうにしてんだよっ」
「は、はぁ! 寂しそうになんかしてないよ! 君なんかと離れても全然大丈夫だし!」
「そっか良かった。うん、お前の言った通り、お前は俺がいなくてもやってけるよ。可愛いし、気遣い上手だし、料理も上手いし」
「えっ!? そ、そんな、急に! 今まで褒めてくれたことなかったじゃないか!」
「そうだったか?」
「そうだよ! そ、そそそ、そんなこと思ってたのかよ!」
「うん、ずっと思ってた」
「ず、ずっと、思ってたって……もしかして君は私のこと、好きだったの?」
「ばーか。今頃、気付いたのかよ」
「な、ななな、なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ!」
「そりゃだって、俺みたいなダンゴムシが人間のことを好き、なんて言えるわけないだろ?」
「ストップ!!」
シリルは待ったをかけて捲し立ててきた。
「なんで!? 今まで私はダンゴムシ相手に照れてたの!? 別れを惜しんでたの! 言えるわけないだろ、じゃないよう! ダンゴムシは喋れないんだよ! それにダンゴムシにしては、ちょっとカッコいいだろ!」
もう、とプンスカして、シリルは気を取り直した。
「次は、お姫様を守る騎士ね。ちゃんと普通の人ね。馬鹿でない人間ね」
そう言うやいなやまた演技モードに入った。
「キャーっ! 助けてー! 山賊に捕まっちゃった!」
「近衛部隊、今から姫君の救出任務に入る。敵山賊は5名。まずは何より、姫君の安全確保だ。我々本隊が気を引いてるうちに、デルタ1とデルタ2が背後から……」
「お姫様を守りにくる騎士は、あんま部隊でこないんだよ! 一人で颯爽とかけつけるものなの!」
「馬鹿じゃない普通の騎士なら、一人でこないのでは?」
「それはそうだけど!! じゃあ次、優しく手をとってくれる王子様!」
「ちょっと痛むかもしれないけど、剣なら一瞬だから……」
「本当にとっちゃダメ! 次は離れてた恋人と久しぶりの再会! ああ、貴方に会えて本当に良かった!」
「僕もだよ、ハニー。約束の場所、この海岸から2.8メートルの浅瀬で……」
「そんな微妙な位置を約束しない! 二人揃って海に入る前に、浜で会え! 待ってたとしても、なんで浅瀬でずっと突っ立てるんだよ! 満潮か! 干潮か!」
シリルが、うがーっ、と声をあげた。
「ねえ、ちゃんとやってないの? 付き合ってもらってる立場だから言いづらいけど、ちゃんとやってないの?」
ちゃんとはやってる。脳フル回転させて、下手にしてる。
でもまあ、これ以上は、流石にやりすぎか。男役が下手ってところからズレてきている気がするし、人形遊びなんかやめだ! って展開になるのはよくない。一回、真面目に男役をやるか。
「ごめん、真面目にはやってたけど、もうちょっといい感じにするよ」
「うん、頼むよ。じゃあ、都で出世して幼なじみに告白する騎士ね」
すー、と息を吸ってシリルが演技モードに入った。
「あ、レーくんじゃん! 村に帰ってくるなんて珍しい。さては、都で何かやらかしたな〜?」
「いや、そんなんじゃないよ」
「へえ、それじゃあ、家族に会いにきた?」
「違う、君をもらいにきたんだ。結婚しよう」
俺は人形を使って、指輪を差し出す仕草をする。
「……う〜ん、何か普通すぎてドキドキしない。レインくん、本当、男役上手じゃないね」
何だろう、この微妙な気持ち。
1stステップが成功したはずなのに、なんとなくもやつきを覚えた。
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