第42話

「見た?」


 問われた瞬間、なぜか冷や汗が吹き出た。


「み、見てないです」


「本当に?」


「本当に! 見てはないです!」


「見て『は』?」


 あ、やば。


「聞いてもないです!!」


「そ、そっかぁ、聞いてもない……聞こえてなかったら、そうは言わないよね?」


 や、やばあ。


 顔を真っ赤にしたシリルがゆっくりと近づいてきて、俺の胸ぐらを掴んだ。


「お願い! 忘れて! 忘れて! 忘れて! 忘れて! 忘れて! 忘れて! 忘れて! 忘れて! 忘れて! 忘れてよぉ〜!!」


 涙声のシリルに揺さぶられながら、何とか声を出す。


「お、落ち着いて!」


「恥ずかしいところを見られたんだぞっ! これが落ち着いてられるかっ!」


 本当にな。


 とは思うが、絶対そんなことは言えない。何とか、落ち着かせないと。


「大丈夫、恥ずかしくないから! そのっ、一人芝居することは普通だからっ!」


「一人芝居じゃないよぅ!」


「う、嘘、嘘! 架空の相手を作っても普通だから!」


「普通じゃないだろっ! 余計私を痛々しいやつにしないで違うから!」


 そう言ったシリルは、ようやく俺の胸ぐらから手を放しくれた。


 うぅ、揺さぶられたせいでくらくらする。


「これ!」


 シリルがすたすたと歩いて、机の上から何か持ってきた。


「これは、人形?」


 ジャケットを着た男の子と、ドレスを着た女の子の2体。できはお世辞にも良いとは言えず、不格好でつぎはぎだらけ。でも、何となく、愛着を抱いちゃうような感じで、良い人形だと思う。


「そう、だから、さ、さっきのは、この子たちが喋ってたんだ!」


 んなわきゃあない。いくら魔法と剣のファンタジーでもそんなわきゃあない。けど、そういうことにしておこう。


「そうだよなぁ、そんなことするわけないもんね! そっかぁ、喋る人形かぁ。うん! あるところにはあるんだね!」


「嘘、ごめんなさい。私が声してました……」


 非常に気まずい空気が流れる。


 うん、もう無理だ。この空間に居続けるのは無理。出直そう。


「さ、さーてと、寝よう寝よう」


 ふらっと立ち上がると、ガシ、と手を掴まれる。


「待ってぇ、待ってよぉ」


「な、何? まだ何か?」


「このこと、誰にも絶対言わないで」


「言わないって」


「言わない? 本当?」


 言わないし、言えない。王子様で通っているシリルが、きちぃ人形遊びをしているなんて、言ったところで誰が信じるのか。この野郎、シリル様に変な噂立てやがって、とぶん殴られるのがオチだ。


「絶対、言わない」


「本当に?」


「本当に。どうしてそんなに念を押してくるんだよ?」


 いやまあ、押すか。こんな恥ずかしいところを見られたら俺でも押すか。


「それは、その……うん。あのさ、聞いてくれるかい?」


 シリルは言いにくそうに、もごもご、としたあと、真剣な顔になった。瞳をまっすぐ俺に向けてきて、大事なことを言いそうな雰囲気。


「聞きません。では」


 また踵を返して帰ることにする。


 大事なことを聞いてしまうような仲にはなりたくない。秘密の共有をして、バレても隠し通せても、大嫌いになるか、好きになるか、だ。俺はその他大勢のモブになろうと決めてこの部屋を訪れたのに、聞いてしまえば本末転倒である。


「いやいやいや! 待ってよ!」


「待ちません!」


「なんで! せっかく聞いてもらおうと心を決めたのに!」


「じゃあ尚更待ちません!」


「尚更!?」


 とにかく待ってぇ〜、と大きなカブを引き抜きそうな勢いで腕を引っ張られたので、腕が引っこ抜ける前に渋々足を止める。


「わかった、聞くから手ぇ放して」


「あ、うん、ごめん」


 そっと手を放したシリルは、ポツポツ、と語り出した。


「その、さ、私、皆からは王子様みたいに見られてるだろ?」


「うん、で、そのイメージが崩れるから、人形遊びがバレたくないんだろ。わかった、わかった」


「え!? 気付いてたの!?」


 気づくも何も、気付かない方がどうかと思うレベルだろ。


「そりゃね」


「って、ってことは!? や、ややや、やっぱり私を女の子として見ていて……」


「な、ななななんだってぇ!!?? あの王子様のシリル様が人形遊びをしていたなんてぇ!!??」


「ふざけているのかな?」


「いや真剣なんだ、多分思っている百倍は」


 俺の言葉にシリルは首を傾げたあと、またポツポツと話しはじめた。


 よく戻れるな、と思いながらも黙って聞く。


「さっきイメージって言ったように、実は私、皆んなから見られてるような王子様じゃなくて、本当は人形遊びが好きな普通の女の子なんだ。君の知っての通り、かもしれないけど」


 人形遊びの前に、きちぃ、と枕詞をつけ、普通という言葉を使わないでほしい。


「でも、お父様や国の皆のためには、王子様を演じなきゃいけない。妹しかいなくて、もう時期的に私がやるしかないから」


「選挙、あと8年後だしな」


「そこまでわかってるんだ」


「まあね」


 シリルは、だったら話が早いや、と続けた。


「父も皆も私に王子であることを期待してる。実際、そのように育てられたし、そのように振る舞うことを求められてる。だから私が未だに女の子みたいに人形遊びしていることを知られちゃ、ガッカリさせちゃうんだ」


 ちょっとした疑問が湧く。


「よくそんな環境で、人形なんて貰えたな」


「貰ったんじゃないよ」


 シリルは嬉しそうに笑った。


「布の切れ端とかね、ゴミをちょっとずつ、バレないよう集めてね、こっそりと作ったんだ」


 へえ、手作りなんだ。それにしてはよくできている。


「苦労して作った分さ、見栄えは良くないけど、愛着があって気に入ってるんだ。私の玩具もこれだけだから、余計ね」


「人形遊びがバレたくないのはこれも理由か」


「君は本当に鋭いね。そう、バレたら多分、捨てられちゃうから」


 それは言うわけにはいかない。シンプルにそう思った。


 シリルにとって人形を作ることは大変だっただろう。この多忙なスケジュールの中、注目される環境で人にバレないよう気を配って、素材を、与えられたわずかな時間を集めて作った人形。女の子が頑張って作った宝物を失わせるわけにはいかない。


「わかった。何があっても、この件は言わない」


「そう?」


「うん」


 しばらくの沈黙のあとシリルははにかんだ。


「……ありがとう。見つけたのが君で、本当に良かった」


 それに、とシリルは続ける。


「何だか、抱え込んでいたものを話せて楽になったよ」


「そっか。まあじゃあ、帰るよ」


 ここにきた目的は達成されてないし、むしろ親しくなってしまったと思う。ただまあ、ここから何かできるような雰囲気でもないし、今日は帰ることにしよう。


「あ、その、ちょっと待って」


「まだ何かあった?」


「その、人形遊び、相手役がずっとほしくて……あのぅ、相手役、お願いできないかな?」


「やです。あんな恥ずかしいのいやです」


「そ、そんなこと言わないで! このこと知ってるの君だけだし、頼めるのも君しか居ないんだよぉ。毎週、この時間にちょっとだけでいいから」


 黒歴史を刻みたくない。けど、この提案は案外悪くないかもしれない。


 シリルにアピールする時間が確保できるのだ。未来のために、ここは羞恥心を捨てたほうがいい気がする。


「わかったよ。それじゃあ、お願いします」


「う、うん! ありがとう! これから毎週待ってるね!!」


 シリルは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。


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