第45話
「これ!!」
夜。今日は女役を貰おう、と部屋を訪れてすぐ。辞書のようにずっしりと重い紙束を渡された。
「なにこれ?」
シリルは合わせた手を頬に当ててニッコリした。
「台本! 一週間で考えてきたんだ〜」
ぺらぺら、とめくると、ト書きの文字列が目に入る。ご丁寧に、マーカー、注釈、重要なセリフでは読みの斜め線まで引かれていた。
男役が下手という第一ステップは成功したみたいだけど、なるほど、こうきたかあ。
「さぁ! 早速やろう!」
「あーうん、ちょっと待って」
どうしよう、これ。素直に受け入れるわけにはいかないよな。
この量が毎週くると思えば、残る第2、第3ステップの遂行が不可能。その上、ちらと見ただけでも目と胃が痛くなるような内容の数々。こんなのを毎週数こなしたら何か大切なものを失ってしまう気がする。
他にも弊害は色々と考えられるけど、まあでも何より。
「こんな紙束バレるだろ。増えていくにつれ、処分に困るぞ」
「あ」
どこに隠していたかは知らないが、この量の紙束が毎週生産されれば、どこであろうと一瞬で隠すところがなくなる。バレないように処分するにして、細かく裂いても、焚き火をしても、シリルがするには怪しまれてしまう。
「ど、どどど、どうしよう!? ライターズハイになって、当たり前のことに気が回らなかったよ!?」
なんだその、ハイ。聞いたことない。
まあでも、作っちゃったものは仕方ないか。
「この台本、俺がちょっとずつ処分しとくよ。俺なら、シリルより怪しまれないし、怪しまれてバレたところで、って話だし」
「ほんと!? ありが……ぐすぅっ」
「え、急にどしたの? 怖いんだけど」
「怖いとか言うなよぉ。だって、頑張って書いたんだよ? 楽しみにしてたのに、日の目を浴びる前になくなっちゃうなんて」
涙ぐんでしまったシリルに、それは残念だったね、なんて言えるわけもなく。
「じゃあ、これをちょっとずつやろう」
「え?」
「日にわけてやって、終わったやつは処分するよ。それならいいだろ?」
「う、うん! ありがとう!」
こうなってしまっては致し方ない、台本につきあおう。
しかし、条件がある。
「じゃあ早速!」
「待って」
「ん? 何?」
「1日にやる量は俺に決めさせてほしい」
台本を読むだけの人形劇にただ付き合っていては、3ステップを踏むことができない。女役をもらういい方法はまだないけど、思いついた後実行できるようにコントロールできる立場にいたい。
それに、猛毒は弱毒から慣らしていかないと即死してしまう。
「いいけど、どうして?」
「どうしても」
「うん?」
小首を傾げるシリルから、台本に目を向ける。
どれが一番軽いだろうか、と、ぱらぱら流し見していると、すぐに手が止まった。
これ、男役が王子様のシチュエーションだ。
ページをめくり続けると、王子様シチュエーションの劇がそこそこ見つかる。
自分がやっている分、思い付きやすかったんだろうな。
まあそれはともかく、これはラッキーかもしれない。2ステップ目の女役をもらうまでは別シチュの劇をして、その後は王子様シチュの劇。そしてその流れで3ステップ目の王子様扱いをすればいい。
うん、いいと思う。
台本を持ってきた時はどうしようかと思ったが、むしろ順調に進んでいる。
「ずっと見てるけど、レーくん……じゃなくて、レイン君、どれをやるか決められない感じかな? 私が決めようか?」
「いえ、決めさせてください」
二度とその呼び間違いをするんじゃないぞ、と内心たしなめて、俺は弱毒探しに戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます