第42話
学園近くにある貴族御用達のカフェテリア。そこの個室で俺はロレンツォ相手に今までのことを語っていた。
「なるほど、修正力は存在しないということですね」
「ああ。修正力はなく、ただ物語の筋道を辿っているから未来が分岐していなかった、と今まで考えていた。だが……」
「ダンジョンの宝箱にあるはずのものが無かったから、知っている未来とは異なる道を歩んでいると思うようになった、と」
俺はアルのことだけ内緒にしてロレンツォに全てを話した。
どうやらアルのくだりを省いてもロレンツォは信じてくれたみたい。
相手はロレンツォなので別にアルのことを言っても良かったが、約束は約束なので守ることにしたのだった。
「そういうこと」
「う〜ん、なるほど。それで私に考えて欲しいこととは何でしょうか?」
「これから俺がどうすればいいか」
「面倒くさい。ご自分で考えなされ」
ロレンツォがドライだ。こんなに冷たい臣下を持って悲しい。けれども軽口を言い合える仲だと考えればドライでも冷たくもないのかもしれない。なんて考えるけど、かもしれないではなく、そうであることは重々承知していた。
「まあ、修正力がないのであれば、学園に通い続けることに問題はありませんね」
「問題はある。女性が怖い」
「問題はないですね。自業自得、しっかり裁きを受けてください……とは行かないのは分かっていますよ」
「うん。未来の元首に嫌悪されて連邦の庇護下から省かれるわけにはいかないからな」
「そのための主人公のハーレム計画、と。本当、バカみたいな計画を思い付きましたね」
「自覚しているよ。だけど、物語においては最高のハッピーエンドだし、ミレニアの人々を守るためだから背に腹は変えられない」
「ええ。ですが今となっては不可能ですよね。物語から外れた以上、主人公のハーレムが出来上がる可能性は低い。というか、何です? 元首候補全員が主人公に惚れるなんて馬鹿みたいな結末は? 現実、あり得ませんよ」
「あり得たんだよ。んで、皆そういうのが好きなんだ」
「ではレイン様が作れば如何ですか?」
「俺は無理。気苦労で死ぬ」
ロレンツォがしらけたような目を向けてきたので、こほん、と咳をして話を変える。
「ってなわけで、俺はどうすればいいと思う?」
「どうするも何もやることは決まっているのでは?」
ロレンツォは呆れたように続けた。
「主人公のハーレムルートという目的が失せ、試験で好成績を取る意義を失ったからといって苦境の人間を見捨てるわけがないでしょう。貴方はそういう人ですよ」
……まあそう。試験を捨てる気なんてさらさらない。
「ただ貴方は面倒な人だ。助けることが目的のくせに、目的のために助けるということにしたがる。ですから貴方は私にどうすればいいか聞く。ああ、面倒くさい」
はあ……とため息をつくロレンツォに言い返したいが、俺の心情を正確に汲み取られていて何も反論できない。
「ですが、これも私の務め。貴方に理由を差し上げましょう」
「御託はいいから、早くくれ」
照れ隠しにそう言うと、はいはい、とロレンツォは言った。
「元首候補の四人以外を元首にすればいいんですよ」
ああ、と腑に落ちる。
今まで物語に囚われていたせいでその考えが抜け落ちていた。
そうか。別に四人以外の誰かが元首の座につけば、ヒロインに憎悪されたところでミレニアは無事なんだ。修正力がない今、誰かを元首につけることも不可能ではない。
「気づいたみたいですね。では元首に相応しい人物も自ずと思い当たるでしょう」
「ああ!」
「そうです、レ……」
「アルだ!!!」
「いえ、レ……」
「アルなら相応しい! そうかそれがいい!」
「嫌なんですね」
「絶対に嫌。ミレニアだけで一杯一杯なんだ俺は」
そう言うと、ロレンツォはため息をついた。
「ま、その方が私としては嬉しいのでよしとしましょう。それでご満足いただけましたか?」
「ああ。ありがとう」
「いえ、どういたしまして。ですが、八方塞がりの今の状況は変わりませんよ? 残りわずかな日数で魔法を用意しなければなりませんが」
「誰に物を言っているんだ、ロレンツォ?」
問いかけると、ロレンツォは笑った。
「そうですね、貴方はレイン様だ。杞憂、失礼いたしました」
「ああ。多少、ズルが使えなくなっただけのこと、何の問題もない。あ、あとロレンツォ」
「まだ何か?」
「物語から逸れた理由を探して欲しい。これだけは把握しておきたい」
「どうしてでしょう?」
「悪意が含まれていたら厄介だ。例えば、俺の足を引っ張るために、わざと先回りして宝箱の中身を奪った、とかな?」
「……承知いたしました。調査してみます」
「ああ、頼んだぞ」
そうして会話は終わり、俺たちは喫茶店から出て別れた。
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