第71話
フランが目覚めるまでに教えてもらっていた、俺の部屋に入る。そして、すぐさま施錠して、ベッドに腰掛けた。
蝋燭に火を灯すことなく、霞がかった青と黒の薄らと暗い室内で、ため息をつく。
長い長い1日が終わった。終わってないかも知れないが終わったことにする。
結局、流れ流され、同じ頃の子供と遊び、厄介なことにも首を突っ込んだ。
「これでいいのか、ロレンツォ? みんな?」
そう呟いてみるけど、勿論返事はない。
けれど、これでいいのだ、と言われているような気がする。
何を思って俺にこんなことをさせたのか、どんな思いでこんなことをさせたのか。
わからない。でも、悪い感情ではないと思う。
なら……もうちょっとだけ1日を続けてみるか。
今日の出来事を振り返りつつ、ロレンツォたちの意図を探ってみる。
アルとネコルと出会い、フランと出会った。子供だけで経営している宿屋、そこに現れた第二王女。偶然、泊まった宿屋で……なんてことは考えづらい。意図して3人と出会わせたのだ。
じゃあなぜ出会わせたのか?
俺が遊びに出たことを思えば、友達作りのため? 馬鹿な。相手が王女とは言え、こんな形で仲を深めさせようとするわけがない。それに遊びは誘われたのだ。俺に何かをさせようとしてるのに、受動的な内容であるはずがない。
と、なると、能動的にしたことか。カレンの授業の件を考えると、科学やレガリオについての知識を、フランたちに伝えたこと?
でも、伝えることだけが目的だとは思えない。ミレニアの誰の何の得にもならないからだ。
だったら、伝えることで起こる何か、か?
伝えることでフランたちは喜んだ。これからのやりよう次第では、問題解決の糸口になって彼女らが助かる。
「あははは!」
我ながらあまりにバカな考えにいきついたものだ。それが何の得になるというのだ。そんなことの為に、今日で言えば、カレンは寝る間を惜しんで授業の内容を決め、誠実に話を聞いてないどころか苛立たせて当然の態度で聞いていた俺に、カレンはくじけず、ひたむきに、誠心誠意教えてくれたというのか。
馬鹿すぎる、そんなわけ……。
その時、ぶわっと目が覚めるような感覚を得て、いつかあったように、記憶が流れ込んでくる。
***
『レイン様、一つ疑問なのですが、よろしいでしょうか?』
『もちろん』
『では、お聞きいたします。レガリオの王女に起こる悲劇を防ぐ行動、それは修正力に邪魔されないのでしょうか?』
『ああ、恐らくな。まず大前提として、修正力は元に戻ろうとする力で、予じめ防ぐ力ではない』
『つまり、物語に逸れることを防ぐ、ではなく、物語から逸れたので軌道を修正する、と。だから、物語を逸らすこと自体には邪魔が入らず、逸らせたあとに修正が入るから、大丈夫だと?』
『ああ、ローレル、モユ。それに、シリルの例に従うなら、大丈夫だとは思う。でも不安は消えない。逸脱、と見做される範囲がわからない以上な』
『逸脱の判定ですか』
『修正力は強くなっている。今日話したことだって、物語の知識がある俺がした会話、物語から逸脱した会話ということで、修正力の及ぶ俺の記憶からは消えるかもしれない。ヒロインのフランと主人公のアルと物語では出会っていないのに出会ったという事実は、日をまたぎでもすれば記憶から消え、出会っていないことになっているかもしれない』
『なるほど。これから、やることなすこと、全て物語から外れることになりますからね。何が修正力に逸脱と見做され、何に修正力が及ぶかわからない以上、どこかで修正力による支障が起きる可能性があると』
『だから、邪魔されない方法をとる。修正力は、意に沿う形であれば、見過ごしてくれるんだ、それをこっちがまた利用する』
『見過ごしてくれる?』
『要はこのイベントでヒロインがそれぞれの主義を掲げるようになればいいんだ。ローレルがモユが悲惨な思いをしなかったけど、それ自体に修正力は働かなかった、再度悲惨な思いをしなかった、悲惨な思いをした記憶に改竄されなかった』
『ローレルは強く軍備拡大に、モユは領地経営から商業重視に舵を切れた時点で、イベントの目的は達成された。だから俺が原因という部分以外は、修正する必要がなくなった。そう考えてもいいと思う、ま、そう考えるとシリルが不安ではあるけれど、まあそれは後で考えるとして、だ。』
『ややこしいですね。つまりは、なんか主義を掲げるようになってんじゃん、なら、レインが原因ってとこだけ消して、そのままでいいや。ってことですか?』
『まあざっくり言えば。この辺も弾性と考えると説明がつくしな』
『では、このことを踏まえてどうするのですか?』
『フランたちは魔法を使える人と使えない人の問題で悩むことになる。そこに俺が、フランの掲げることになる科学発展をいち早く掲げさせるために、科学の有用性を伝える』
『伝えられるのですか?』
『記憶があれば。なくともその知識があったら、多分言うんじゃない? 賭け、にすぎないけど』
『賭け、と言うにしては、自信がありそうですね。それはそうとして、科学の有用性を説明できるのですか?』
『……ちょっとなら。多分、カレンに骨を折ってもらうことになる』
***
「何だ、この記憶?」
いや、以前もポンドといた時に、同じ感覚を味わった気がする。
それに、この起きて夢を忘れていく感覚も、経験した気がする。
しばらくすると、なんだったのか完全に忘れてしまった。
「すみません、もうお休みですか?」
扉の外から声が聞こえて、びくっと竦み上がる。
だが、声の主がフランではないことに気づき、立ち上がりドアを開いた。
「ど、どうした、アル?」
「お食事とお風呂の準備が整いましたので、いかがでしょうか?」
ほっ、と息をつく。
「じゃあ食事からで」
「はい、かしこまりました! あ、その、少しいいですか?」
そう言ったアルの頬が赤く見えた。ちょっと気持ち悪いけど、顔が整っているから妙な魅力もある。
「いいよ」
「あの、今日は本当にありがとうございました。色々とお聞きしたいことはあるのですが、お時間をとらせるのは申し訳ないので、一つだけ言わせてください」
アルは一息吸ってから、言った。
「ラーイさん、凄く格好良かったです!」
「そ、それはどうも」
気持ち悪いが勝ったな。
「それでは、お食事にご案内……あ、もう一つだけ。フランが明日も会いにくるそうです」
俺は、ひっ、と声が出そうになるのを我慢した。
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