第22話


 部屋に入ってきたモユは、侯爵に詰め寄った。


「お父様! このような者の手を借りると言うのですか!?」


 一発で嫌われているとわかる一言を、どうもありがとう……泣きたい。


 こうなるんじゃないか、と頭の隅にはあったので、大きな混乱はない。だけど、状況が悪くなったことには、しっかりと頭を抱えたい。


「モユ、失礼だろう。レイン様、ロレンツォ様、ご無礼をお詫びいたします」


 そうだ! 無礼だぞ! 今すぐ、このガキをしょっぴけ!


 なんて、言えるわけがないので、いえいえ、と作り笑いを浮かべる。


「バスティン、どうしてモユを連れてきた」


「事情をお伝えしたところ、モユ様がどうしても、と仰ったので……」


 バスティンの言葉はモユに遮られた。


「お父様! お答えください!」


「モユ、いい加減にしなさい。今すぐ、この部屋から出ていくんだ」


「いいえ、お父様から手を借りないというお言葉をいただけるまで、この部屋からは出ません」


 頑なすぎる。ただ嫌いというだけでは、この熱意の説明がつかない。モユは一体何に、そこまで抵抗を示しているのだろう。


「モユ様、どうしてそこまで拒むのでしょうか?」


「君が信用できない。弱みにつけこもうとしてくる人の手を借りたら、どうなるかわからない」


「弱みにつけこむ?」


「そう。金が採れなくなったウチに話を持ちかけてくるのは、弱みにつけ込もうとしている悪い奴に決まってる」


 そう言ったモユはちらりとバスティンに目をやった。


 なるほど、バスティンからそう教え込まれているのか。侯爵も、眉ひとつ動かさないところをみるに、同様のことを吹き込まれているのだろう。


 まあ間違ってはいない。簡単に信用してはいけないのは確かだ。でも、バスティンとしては、誰にも介入されたくない、というのが本音だろう。


「それにボクは君が悪いやつなのは知ってる。新都でのこともそうだし、聞けば、賭場という悪事で汚い金を稼いでいるそうじゃないか」


 ぴく、とロレンツォが動いたので、俺は手で制す。


 皆が汗と涙を流して、ようやく稼いだ金を汚いと言われたのだ。怒るのはわかる。


「ボクらの侯爵領に、悪人の手はいらない。ボクたちだけで綺麗な侯爵領を維持してみせる」


 そうかい。


 一回、深呼吸。


 侯爵がモユを叱っている間も、深呼吸。


「娘が大変なご無礼を」


「いえ、お気になさらず。それよりも、モジュー侯爵、我々の出資を受けるつもりがあるのかどうかをお聞かせ願いたい。もし、ほんの少しでもあれば、計画についての詳細をご説明いたしますが?」


 しばらく黙っていた侯爵は、ゆっくりと口を開いた。


「大変嬉しい申し出でございますが、お気持ちだけ頂戴いたします」


「それはモユ様のご意見と同じということで、よろしいでしょうか?」


 侯爵は黙った。モユの意見と同じということか。


 バスティンを見ると、口角が上がっている。お望みどおりの展開なのだろう。ここまでは。


「残念ですが、承知いたしました。最後に、お二人に、お尋ねしたいことがあります」


「……何だい?」


「現状をどう思っているのでしょうか?」


「金が採れなくなって、侯爵家の収入が減っている……って言わせたいの?」


「なるほど。その様子では、町に降りてはいないようですね」


 そう言うと、バスティンの顔が曇った。


「今日にでも、町に行ってみることをお勧めいたします」


「はあ? どうして?」


「鉱夫、失業者の不満、領民の不満がわかるからですよ」


「何を言っているの? バスティンが、失業者が他の職につけるよう手配してる。だから、不満なんてないよ、そうだよねバスティン?」


 侯爵とモユに顔を向けられたバスティンは、強く頷いた。


「勿論でございます、新たな事業を立ち上げる計画もありますので、失業者の問題についてはご安心ください」


「安心できるの? そもそも金の産出量が減っている時点で、手を打てなかったのにですか?」


「レイン様、金が採れなくなったのは、青天の霹靂でして。産出量が減ったという段階は……」


「ない、と? では、ここ数ヶ月、金の取引量が減っていたのは何故ですか?」


 尋ねると、侯爵は初めて聞いたように目を見開いた。


「バスティン、金の取引量が減っていたとはどういうことだ?」


「そんな事実はありません」


 バスティンに睨まれる。だがその程度で引くつもりはない。


「私が嘘をついている、と。では、取引の記録、町の現状をご確認ください。その後も糾弾されるのであれば、幾らでも謝罪いたしましょう」


 そう言うと、モユが真剣な目を合わせてきた。


「そのセリフ、覚えたから。絶対に逃げないでね」


「勿論。星の馬という宿屋に宿泊していますので、どうぞお越しください」


 バスティンの顔を窺う。苦々しい表情に、額には汗が浮かんでいる。痛いところを突けたらしい。


 あとはバスティンの嘘がバレてからだな。


 俺は別れの挨拶をして、ロレンツォと侯爵家を出た。





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