第21話
木のテーブルに燻んだ酒瓶が並ぶカウンター。昼間から漂う、濃い酒の匂い。乱雑にジョッキを叩きつける音、舌打ち、貧乏ゆすりで床を鳴らす音。モジュー領の酒場には、悪い空気が漂っていた。
「雰囲気が悪いな」
「モジュー家の金鉱山が掘り尽くされた、というのは間違いないようですね」
うわっ、ロレンツォがじとっとした目を向けてきた。
「レイン様、数ヶ月前からモジュー領の話を商人から集めてましたね?」
「それは、金の取引量が減ってるって話を聞いたからって、言ったじゃん」
「金が取れなくなれば、ろくな産業もないし、うちが話を持ちかけたら、飛びついてくる。これはビジネスチャンスだ、でしたか?」
「そうそう」
「はあ。筋は通っているのですが、何だか腑に落ちないのですよね。まあいいです、レイン様から話してもらうのを待つ、と決めたので」
この人もう確信してるんだよなあ。何言っても信用してくれそうだし、そろそろ話すべきなのかも。
まあでも、今ではない。今言っても混乱させるだけ。侯爵家との交渉に集中しなければいけない。
「そろそろ領主館に向かうか、準備はいい?」
「ええ。ですが、私から話をしてもよろしいのですか?」
「そりゃね。俺が何か言っても信用してもらえないし」
ミレニアの繁栄は、ロレンツォの手腕によるもの、ということになっている。俺はまだ十も越えていないので、当然っちゃ当然なのだけれど、思うところはある。
町の人には、俺の働きが伝わっているのだ。だから、少しくらいは俺の功績が世間に知られてもおかしくはないのだが、それがない。
やはり、物語の修正力というやつがあるのだろうか。
うわぁ、そんなこと考えたら、気が重くなってきた。モユにも嫌われてるし、うまくいくかな……。
憂鬱だけど、うまくいくことを祈るしかない。
「行くか、ロレンツォ」
「はい」
モジュー侯爵家の領主館は町から離れた丘の上にあった。
警備の騎士に導かれ、貴族の屋敷、と見るからにわかる豪勢な門を通り抜け、青芝と薔薇の広い庭を横目に豪邸に入る。赤い絨毯が敷かれた玄関中央の階段を上ると、客室に案内された。フカフカのソファーが向かう形で二つあり、片方に座ろうとすると、扉が開いた。
「遠方よりわざわざご足労いただき、誠にありがたく、厚く御礼申し上げます」
入室早々、頭を下げた男。華美な服装、ゲームの知識から、この人がモジュー侯爵なのだとわかる。
「こちらこそ、お忙しい中お時間を割いていただき有難うございます。私、レイン・クウェストと申します」
「そのお歳で見事な挨拶。レイン様はご立派であらせられますな!」
ハッハ、と笑う侯爵。子供扱いされてるな、というより、この状況でよく呑気に笑ってられるな、この人。
まあそんな内心は出さないように、爽やかに笑って礼を言った。
「こちら、後見人のロレンツォです」
「レイン様の後見人を務めております、ロレンツォと申します」
「お噂は予々聞いておりました。ソーマ砦では魔物の侵攻を食い止め、ミレニアでは見事発展させたそうで」
ロレンツォはちらっと俺に目をやったあと、侯爵に対して、とんでもない、と謙遜した。
それから他愛ない話を少ししたのち、侯爵が尋ねてきた。
「さて、レイン様、ロレンツォ様。本日のご用件をお伺いしても?」
「ええ、実は、事業についてのご相談に伺いました」
「事業? 出資?」
ロレンツォに目をやると、頷き口を開いた。
「はい。実は、ミレニアの歓楽街に関連する第二の歓楽街を、このモジュー領に、と考えております」
「はあ。そういうことであれば、家令をまじえてお話ししてもよろしいでしょうか?」
要領を得ない、といった感じの侯爵がそう言った。
正直、バスティンと会いたくはないが、断るのも変だろう。
俺とロレンツォが、もちろんです、と答えると、侯爵は席を外し、ドアの外で控えていた使用人に声をかけた。
それから少しして、ドアが開かれる。
入ってきたのはバスティン。
……そしてモユだった。
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