第34話


「ご来賓の皆様、私の誕生を祝う会にご臨席を賜りまして、誠にありがとうございます。本日は——」


 燃えるような赤髪に映える真紅のドレスを身に纏い、背筋をピンと張ったローレル。よく通る澄んだ声で、はきはき、と話す彼女の姿は、背景に、凛、そんな一文字が浮かんできそうなほど立派で、会場にいる誰もが息を飲んで目を奪われている。


 9歳の女の子という事実を忘れて、ローレル・クウエストという一人に皆が夢中になるくらいの挨拶。そこには、練習を重ねて来た努力の背景が見え、先日にちゅーちゅー甘えて……襲って来た面影は一切見られない。


 ローレル・クウエストに近づいているなぁ。


 ゲームでのローレルも、姫騎士と呼ばれるに相応しい、凛とした人間だった……なんて思うと、見てて苦しくなって来た。


 着実にストーリー通りに進んでいるなぁ。


 そう内心ため息をつくと、大広間の奥でスピーチしているローレルから、最前の丸テーブル側に立っている女の子に目を移す。


 雪を思わせる輝くような銀髪のショートボブ。サファイヤブルーの涼やかな瞳。白を基調とした礼服にスマートなパンツは、まさしく王子といった感じ。何より、離れていてもわかる、キラキラ感。


 間違えようがない、あの子がシリル・デインヒルだ。


 彼女に恩を売るためにも、何とか接点を持たないと。


 ただそれも簡単ではない、というか、シリル以外にも仕事があって時間が取りづらいのだ。


 この誕生日会に不満を持つ、俺を元首候補に推したい人は、俺に何かしらアクションしかけてくることは容易に想像できる。だから俺は元首候補になる気がない、とアピールしなければならないわけだ。


 それに、この国の王子として全員に挨拶回りをしないと失礼にあたるので、シリルばかりに構っていられない。


 忙しいなぁ、と思った時、スピーチが終わり、ローレルが礼をした。


 広間が拍手で包まれ、それが静まると、最後に、とローレルが口を開いた。


「お集まりくださった皆様に、大したものではございませんが、一芸を披露したく思います」


 そう言うと、二本剣を携えた兵士が現れ、ローレルに一本渡した。


 あ、あの兵士、見たことあるな。というか、知ってる、ゲーム知識を得る前、俺に剣術を指南していた人だ。


「それでは剣舞を皆様にお見せいたします。お目汚しにならぬよう努めますので、どうぞお付き合いください」


 拍手が起き、収まると剣舞が始まった。


 息を飲む。


 舞踊のステップは美しく、水に身を任せて流れるような体捌きに、煌めく銀閃がついてくる。静かな演奏が聞こえて来そうだけど、激しさもある。舞踊というよりは殺陣に近く、実戦において必要な動きで舞が構成されている。


 そして何より驚きなのは、これほど剣を上手く扱えるということ。それなりの練度があることは目に見てはっきりとわかる。もしかすると、ゲームのこの時期より、成長しているのでは?


 剣舞が終わると、周囲から大きな拍手が起きる。誇るでもなく、ただ綺麗に頭を下げるローレルにまた拍手が送られた。


 きっとこれはローレルをアピールするための策の一つなのだろう。


 そしてそれが上手くいった今、気に食わない人間はいるわけだ。


「いやぁ、立派な遊戯でしたな」


 賛辞ばかりの中、皮肉は目立つ。皆が振り向いて、皮肉を言った男を見た。


 男は二十代そこそこで、肌は浅黒く、体はゴツい。見るからに武闘派って感じ。


「ロレンツォ、あの人は」


 近くにいたロレンツォに耳打ちすると、こそっと教えてくれた。


「レガリオの軍人を輩出してきた子爵家の当主ですね。たしかナレード子爵でしたか」


 他国の人間なのね。そりゃ、この国の元首候補たるローレルが評価されるのは気に食わないわけだ。


「ナレード子爵の仰るように、遊戯ができたところで何になる、そう思っている方も多いでしょう。ですので、ナレード子爵、こちらにきて、実力をたしかめて頂けませんか?」


 予想外に注目が集まってあわあわしていた子爵に、ローレルはそう問いかけた。


「な、なにを?」


「一つ剣を合わせていただけないでしょうか? ああ、これは模擬剣でありますし、ご安心を」


 その申し出に戸惑っていた子爵だが、しばらくすると、ニヤ、と笑った。


「なるほど、そういうことなら、お願いいたします」


 一連の流れに、ざわざわと騒がしくなる。皆が戸惑うのもお構いなしといったように、子爵とローレルは剣を向け合った。


 これって芝居か?


 そう思ったけど、ローレルの周りの人が慌てているところをみるに、そうではなさそう。


「ではローレル様よろしくお願いいたします」


「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」


 皆が固唾を飲んで見守る中、最初に動いたのは子爵だった。


 全力ではないが、上段からの速い一撃。それをローレルは踊るように、悠々と躱す。


 躱された後も子爵は追撃をしかけるが、どれも悠々と躱されてしまう。やがて全力の速い攻撃になっていくが、ローレルは全て踊るようにかわした。


 まるで舞踊だ。そしてその舞踊に子爵が協力しているようにすらみえる。


 最後にローレルが子爵の首に剣をつきつけて終わると、盛大な拍手が送られた。


 子爵の悔しそうな顔を見る限り、やはり演出ではない。


 圧倒的な実力差。子爵も弱くないと思えば、魔物の大侵攻を防いだゲームのローレルと同等以上の力を身につけていると見ていい。


 ゲーム通りに進んでいる……かぁ。


 俺は内心首を振って、シリルに目を向けた。



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