第18話
静かな図書室。本棚に挟まれたそこで、アルが取ろうとして落ちてきた本をシリルがばしっと取っている……と思う多分。
「あ、ありがとうございます」
「気にしないでいいよ。君、同じクラスだよね?」
「は、はい。アルと言います」
「ふふっ、アルか。可愛い名だね、ミケ猫ちゃん」
そんな会話を2列離れた本棚のところで聞く。
どうやら無事に出会いイベントは起きた様子。
これで出会いのイベントは終了……なんだけど。
相も変わらず修正力の存在は確認できないまま。
偶然本が落ちてきて、偶然そこにいたシリルが本を取る。なんて、修正力が働かなければあり得ないように思う。
けれど、物語の筋からそれていなければ、修正力なしでも起きるのは必然ではある。
後者だと思うんだけどなあ。そうじゃないと、記憶が戻った説明がつかないし。
まあ、とにかく、今週はこれで終わり。修正力の確認ができないまま終わったことはよくないが、ハーレムルートへ無事進んでいるのだからよしとする。
さて、帰ってゆっくりするか。
そう思ったが、会話の様子がおかしいことに気づいて足を止める。
「ミ、三毛猫。ぼ、僕帰りますね。ありがとうございました」
「待って」
「ひぅ、な、何でしょうか?」
「ねえ、君はどうしてそんなフリをしているんだい?」
「な、何のことですか?」
「隠してもわかるよ。私もそうだからね」
何の会話だろう。
「よ、よくわかりません! それじゃあ、失礼しますね!」
「待たないと、言いふらしちゃうかも」
「待ちます!」
何の会話だろう。
「一つだけ、聞きたいことがあるんだ」
「な、なんですか?」
「君はレインくんと仲がいいよね。もしや彼に近づくためにそんなフリをしているのかな?」
「全然違います」
いや本当、何の会話?
「そっか。じゃあ行っていいよ、引き止めて悪かったね」
「あ、あのぅ、このことは内密に……」
「勿論だよ」
「本当ですか?」
「うん。まあ私だから言わない、とでも言っておこうか」
「は、はあ。では。本、ありがとうございました」
アルの声がやみ、代わりに、たった、と駆け足の音が聞こえた。
どうやら去ったみたい。
俺も帰るか、と歩き出し図書室の扉に手をかけたとき、バタン、と音が聞こえた。
廊下に出ると、アルが転んでいる姿が目に入った。
周りの学生はおろおろしていて、怪我していることがわかる。
「大丈夫か?」
慌ててかけよると、アルは苦痛に顔を歪めていた。
「レインさん、つっ!?」
靴を脱がし、アルの足首を見ると腫れていた。触ってたしかめてみる。
「ひぅ、れ、レインさん!?」
骨折とか、ねんざとかではなさそう。ならひねった感じかな。
「アル、立てる?」
「え、は、はい……つっ!」
立とうとしたアルだけど痛みに立ち上がることは出来なかった。
仕方ない。
アルのひざ裏と脇の下に腕を入れ、そのまま抱え上げる。
「わっ、って、ええええ!?」
お姫様抱っこの状態。俯くと顔が真っ赤のアルが目を見開いていた。
「男がこの格好は恥ずかしいと思うけど、耐えてくれ」
「む、無理です!」
「うるさい。こっちだって男を抱き抱えるのは嫌なんだよ。黙って耐えろ」
そう言うと、アルは羞恥に悶えながら身を小さくした。
運ばれることを受け入れたようなので歩き始める。
学園の医務室まで運びこむと、「先生、こいつを看てやってください」とそこにいた白衣の先生に頼んだ。
「ベッドまで運んでくれ」
椅子に座っていた先生は気怠げに立ち上がる。
ベッドにアルを座らせると、先生はアルの制服の裾をたくし上げた。
「魔法を使うまでもないな」
そうぽつっと言った先生は、包帯を投げてよこしてきた。
「ほら、こいつで足首固めとけ。ひねっただけだ」
俺は受け取って疑問に思う。
ゲームでは医務室で魔法による治療が行われるのだ。
「あの、魔法は?」
「こんなんにいちいち魔法使ってたら、魔力切れで緊急の患者に対応できないだろ」
粗雑な物言いの女性なのは、ゲームと同じだから深く考えないことにする。だけど、俺に治療を任せるのはどうかと思う。
「いや、先生がしてくださいよ」
「こういった応急手当てを学ぶのも学生の務めだぞ。足首の角度を直角に固定するだけだ、やってみろ」
何を言っても無駄そう。なら、俺がやるか。ロレンツォ達との訓練でテーピングは散々みてきている。やれんことはないだろう。
俺は包帯を持って、しゃがむ。そしてアルのズボンの裾をたくし上げた。
細くて白い、瑞々しい肌の生足。触ると柔らかくて、毛も生えておらず、すべすべする。足の指も小さくて、ピンクの爪が可愛らしく、こいつ、本当に男かよ、と思ってしまう。
「んっ」
アルの嬌声にため息をつく。
「キモい声上げるなよ」
「ご、ごめんなさい、でも……ひぅっ」
アルの顔は真っ赤だった。
「こそぐったいのは我慢して」
包帯をかかとを通し、上に引っ張り上げて、あとはぐるぐると巻きつけていく。固定できると、結んで先生から渡されたハサミでちょきんと切った。
「なかなか上手いじゃないか」
「それはどうもありがとうございます」
皮肉を込めたが、何も気にしていない様子。
俺はため息をついて、アルに向かい合う。
「終わったよ、アル」
「あ、ありがとうございます」
そう言ったアルに背中を向けて屈む。
「え?」
「おんぶだよ。歩けないだろ」
「い、いえ。そこまでしてもらうわけには!」
「今更だろ。早く」
少ししてアルはおっかなびっくりと言った様子で首に腕を回してきた。
優しい甘さの桃みたいな香りが漂ってきたせいで、背中の感触も柔らかい気がしてしまう。
「しゅ、しゅみましぇん。お願いしましゅ……」
「恥ずかしいのはこっちも同じだし」
アルを背負って立ち上がり、形だけのありがとうございましたを告げて医務室を出た。
寮への道中。アルが思い出したかのように声をあげた。
「あ、本と鞄」
「気にすんな。俺が取ってくるよ」
「……レインさん、優しいですね」
「優しくないよ」
ハーレム押し付けようとしてるし。優しくないよ、って言って、本当に優しくない。
それからアルを部屋まで送り届け、アルの荷物を回収にかかる。
足の怪我があるし、色々不便なことも多いだろう。
しゃーない。世話焼いてやるか。
大切な主人公様で男友達。
面倒には思わなかった。
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