第39話

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 2グループのウルフの接近を許す前に、素早く矢を放って壊滅させようとしたが、一瞬で距離を詰められてしまう。こうなれば、大規模な技は使えないので、生成した魔法の矢を霧散させた。


「アル、モユ! 気をつけて!」


「言われるまでもないよ!」


 負傷したエルに代わってモユが前に出て剣を引き抜いた。


 前線が疲労の色が濃い二人。モユに至ってはずっと魔法での戦闘をしていたから、戦闘経験が浅い。


 本格的にまずいな。


 低い唸り声をあげて近づいてくるウルフに、俺は中威力の矢を放つ。ウルフを貫くと、次の矢を、と間断なく射続ける。


 俺が休まずに素早くウルフたちを仕留め続ける。それは正解であり、不正解。一歩的に殲滅されることを恐れたウルフたちの攻撃を誘引するような行為だからだ。


「くっ!」


 次々と飛びかかってくるウルフたちに向かって、無我夢中で剣を振り回す、アルとモユ。疲労により力のこもってない攻撃では、当てても致命傷を与えることはできず、振り払うの精一杯。そして、振り払うことも難しくなり、足や腕、腰に噛みつかれてしまう。


 俺はモユとアルを守るように、矢を放ち続けるけれど、苦境は変わらない。ゲーセンのシューティングゲームのように近寄ってくる敵が倒しきれず、ごりごりとライフを奪われていくような状況が続く。


「あっ」


 アルの横をウルフのリーダー二頭が通り抜けてきた。二頭の目は、出血により青白い顔をしたエルに向けられていて、考えるよりも体が先に動く。


 エルの前に立ち塞がって、飛びかかってきた一頭に強力な矢を放つ。そいつは霧散したが、残る一頭への攻撃が間に合わず、のしかかられてしまう。


 皮膚に鋭い爪を突き立てられたまま、ゴロゴロと転がって揉み合いになり、強い痛みが走った。だが、苦痛を堪え、上に乗ったタイミングで飛びのく。突き刺さった爪が抜ける痛みもまた堪えながら、急いで矢をたがえ、ウルフに向かって放つ。なんとか矢は命中し、ウルフは悲鳴を上げて霧散した。


 安堵の感情は生まれたが、すぐに意識をアルたちに戻す。


 ウルフたちに群らがられていた状況に焦りながらも、二人に当てないよう集中力を研ぎ澄まし、矢を放つ。それを繰り返し続けて、何とかウルフたちの殲滅に成功した。


 敵が消えると、アルたちは苦痛の声を漏らしながら、震える手で回復薬を飲み始める。


 そんな光景を見つつ、もう数秒遅れていれば、ただでは済まなかった。と今更ながらに震えがきて、俺も震える手で回復薬を口に入れた。


 それから、10分くらい誰も何も喋らずにいたが、不意にモユが口を開いた。


「そろそろ進もうか」


「何言ってるんですか、モユさん!?」


 アルは鋭い口調でたしなめる。


「流石に無理ですって! 今の戦闘、運が悪ければ死んでましたよ!」


「だね、間違いないよ」


 でも、と諭すようにモユは続けた。


「今から引き返しても、ここは下層。ボスを倒して転送陣で地上へ帰るのとあまりそう変わらないんじゃない?」


 モユの言っていることは正しい。けれど、ここからまた死戦を潜り抜けるのは厳しい。さっきだって、キラーウルフの攻撃を受けたのが、高レベルの俺だったからいいものの、他のメンバーだったら耐えきれてなかったかもしれない。


 このまま強敵と戦い続けるよりも、引き返した方がまだ楽な気もする。


 ただ、ここまでは想像通り、というのもある。苦戦するのは想定済で、まだ少し回復薬にも余裕があり、攻略しきるのも無理ではない。むしろ、俺からすれば、プランから全く外れていない。


 なので俺としては、このまま攻略することに賛成なのだけれど、それは俺だから。何も知らない三人の不安は計り知れず、三人の意見に従う方が正解だろう。


「僕は反対です。また体勢を立て直して、挑めば良いと思います」


「その時間がないっていうのは、アルくんが一番主張してたんじゃない?」


「それは、そうですけど……レインさんは? レインさんは反対ですよね?」


「俺は合わせるよ」


「ええ!? じゃあ進むって言ったら、さっきみたいな凄い魔法で守ってくれるんですか?」


「近距離だったら巻き込むから使えない。さっきの戦闘で使えなかったのもそう。だから完全に守り切れるとは言えないけど、守りきれないとも言えない」


 だからアルたちの意見に従うよ、と俺は締めた。


「というかレインさんは、どうしてそんなに強い……って今言うことじゃないですよね。わかりました、なら、レインさんが危険があるって言う以上、僕は反対です。何事も命あっての物種ですよ」


「そっか。アルくんの意見はわかったよ。ならエルはどうかな?」


 何も言わず、俯いたエルにもう一度モユは呼び掛けた。


「エル?」


 今気づいたようにエルは顔を上げ、また俯き、小さな声を出した。


「……すまない。さっきから足を引っ張って」


「気にしないでよ。次は守ってくれるんだろ?」


 エルは「強い、な……」と呟いたあと、何かを否定するように首を振った。


「わかった、次は守る。私がモユを守る」


「うん、ありがとう。エルはここからどうしたほうがいい?」


「モユに任せる」


 そこで、進ませてくれ、と言えないところに、エルの弱気が見える。ただそれには突っ込まないことにして、俺はアルに向けて言った。


「アル、どうする?」


「……わかりました。じゃあ進みましょう。そうと決まれば、絶対に魔導書を持ち帰りましょうね!!」


 そうして、また進むことになった。


 だが、楽になることはなく、今のような戦闘が何度か続き、ボス部屋の前にくる頃には、回復薬がなくなってしまっていた。



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