第40話


 疲労によって無言のまま、ただアイコンタクトで頷きあい、扉を開けて、最後の部屋に踏み入れる。


 そこは今までの洞窟といった感じが消え失せた、神秘的な場所。ドーム型の空間は外壁、地面全てに薄く水が張っており、ガラスの世界のようだった。足元に押し寄せてくる小波に顔を上げると、遠くから巨大な真っ白の狼が近づいてくる姿が見えた。


 音もなく、ただただゆっくりと近づいてくる白い狼は神々しい。心身の消耗が激しい今、下手すれば手を組み涙を流してしまいそうなくらいの、神秘的な恐怖に煽られる。


「終わりだ……」


 そう呟いて、エルはへたりこんだ。


 獣の圧力に屈し、心が折れてしまったエルに、アルは何とか立ち直らせようと近づくも、かける言葉がなく、くっと口を閉じた。


 絶望的な雰囲気が漂う。だが、モユの笑い声でそれは霧散した。


「あはは。落ち込んでもしょうがないよ、上等じゃない?」


 眩しいくらいの明るい声。たったの一声だったけれど、奮い立たせるには十分だったようで、アルは肩の力を抜いた。


「そうですね。やるしかないですし」


「うん、じゃあレインくん。前衛はボクたちでいいかな?」


 俺が頷くより先に、モユたちは俺の前に立った。


 やる気十分って感じだ。ならやれる。


 一人まだ立てずにいるエルに俺はこそりと言う。


「モユを守るんじゃなかったの?」


 なんて煽りにエルは唇を噛んだ。


「……そうだ、私はモユを守らないと、守らないと私は」


 エルはゆらりと立ち上がって、二人の隣に並んだ。


「じゃあやろうか。最終決戦だ」


 モユがそう言うと同時に、白い狼は咆哮をあげ、戦いの火蓋が切られる。


 狼の攻撃を受けることは許されない。


 爪や牙を、連携して防ぐ。


 少しの隙を見逃さず、攻撃を浴びせる。


 紙一重での攻防が延々と続く。


 集中力の欠如は死。油断は死。


 枯れた喉から声を上げ続け、鉛のように重い体を必死に動かす。


 つぶれそうな肺、破裂しそうな心臓。


 既に限界を迎えている体力と精神をすり減らし続ける。


 そんな死闘と呼ぶに相応しい死闘は半刻以上も続き、そして。


「終わった……?」


 崩れ落ちた狼が粒子となって消えた。


 歓喜の声はなく、俺以外の三人は安堵に腰砕けになる。アルなんかは、良かった、良かった、と涙を流した。


「頑張ったね」


 そう言うと、モユは唇を尖らせた。


「レインくんは、余裕そうだね」


「余裕じゃないよ」


 実際、肉体はともかく、精神的にはグッと疲労がきた。


「本当? レインくんがもっと頑張ってれば、こうならなかったんじゃない?」


「もう終わったことだし、気にしても仕方ないよ」


「うーん……まあそれもそっか。ま、そうだね。今は報酬の魔導書だ」


 モユの言葉に、アルは、そうです! と立ち上がった。


「さぁ、早く宝箱を開けましょう! 間違いなく凄いやつが出るはずです!」


「それもそうだな。私もひどく疲れた。これほどのダンジョンから出る魔導書なのだから、ありふれたものではないだろうしな」


 皆が期待するのはわかる。これだけ苦労したんだから、それ相応のものがあってしかるべき、って感情にもなるだろう。


 実際、その感情に応えられる品で良かった。これでハズレのアイテムとかだったら、救いようがなかったところだ。


 なんて考えながら、俺は部屋に現れた宝箱を指を差す。


「とりあえず、何が入ってるか取りに行こう」


 急に元気が戻った皆と、宝箱に向かって歩き始める。


「よし、じゃあ全員で開けよう!」


 宝箱の前までくると、モユがそう言った。


「ま、待ってください。掛け声は何にします。3、2、1? それとも、せーの?」


「じゃあ、せーのにしよう。さ、みんな蓋に手をかけて!」


 モユに従って皆が手を掛ける。


「それじゃ、せーの!」


 掛け声に合わせて、宝箱にかけた手で蓋を持ち上げる。


 そして中を覗き込む。


 すると、そこには……


「え」


 何も入っていなかった。





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