第16話


「さすがは、新都だね。こんなとこに、プールがある」


「レイン様、それは水溜りです」


「あ、ほんとだ……って、ハッ!? ここはどこ!?」


「今は劇場から別邸への帰り道ですよ。ようやく正気を取り戻したのですね」


「正気? というか、どうしてロレンツォ将軍はここに?」


「護衛の方に、レイン様がおかしい、と呼ばれてきたんですよ」


「様子がおかしい?」


「今までずっと放心状態でしたよ」


 放心状態……うっ、そうか。モユに嫌われて、あまりのショックの大きさに、そうなっていたのか。


「それで、一体何があったのですか?」


「女の子に嫌われた」


「はあ?」


「だから、女の子に嫌われた」


「はあ。それで?」


「女の子に嫌われた、以上」


 うわっ、ロレンツォ将軍が呆れ顔になった。


 気持ちはわかる。女の子に嫌われた程度で落ち込むなんて、と俺だって思う。


 だけど仕方ない。モユに嫌われたのだ。


 事業をサポートするにも、モジュー侯爵家に受け入れてもらわなければいけない。なのに、俺を嫌っているモユが、侯爵に信用できないなど口添えした場合、支援を申し出ても拒否される可能性だってある。それに、たとえ、支援し、侯爵家を立て直したとしても、嫌われたままの可能性もある。


 そう考えると、今やっていることは、無駄なんじゃないか、って気がしてきたなあ。


 というか、わざわざ侯爵家を救わなくとも、没したあと、一人になったモユを救えば、恩を売れるんじゃないだろうか。


 モユ一人だけだったら、無理に稼がなくても済む。それにどん底に落ちている分、元の計画より、救われたという思いが強くなるんじゃないか。


「あ、そういえば、レイン様。劇団に宣伝をしてもらう交渉はどうなったのです?」


「……していない。引き返そう」


 モユ一人だけを救うならそんなことしなくていい。でもそれは、何かちがう、そう思った。


「もういい! ごちゃごちゃ考えるのはやめだ! ロレンツォさん! 行こう!」


「レイン様は、突拍子もないくらいが、ちょうどいいですね」


 穏やかに笑ったロレンツォと、きた道を引き返した。


 ***


 劇場に戻ってもう一度演劇を観たあと、俺とロレンツォは劇場の一室で、カイゼル髭の小男と対面していた。


「これはこれは! クウエストの王子、レイン様と、赤獅子と名高いロレンツォ将軍が、我がハペス一座の公演にお越しいただけるなんて! このオラウス、感激でございます!」


 ニッコニコの座長、オラウスがそう言った。


 赤獅子って初めて聞いたわ。俺には変なあだ名とかついてないだろうな、恥ずかしい。


 というのは、ともかく。この人がクウエスト国に通じているのは、俺たちが有名、というだけでなくクウエスト国出身だからだ。


 それをどうして知っているのかと言うと、実はこのハペス座、ローレルのルートに登場するのである。


 オトダチのゲームでは、学園ゲーらしく、文化祭イベントがある。この文化祭には、連邦諸国、新都、各地から貴賎問わず沢山の人が訪れる。そこでローレルは支持率を上げるため、自分を主役とした演劇を、新都一のハペス座と行うのだ。


 結果、魔物の大侵攻での功績が広くちょっと盛られて知られるようになり、支持率があがることになる。


 と、それは、さておき。


「いえ、こちらこそ。素晴らしいものを見させていただきました。ロレンツォもどうでしたか?」


「ええ、素晴らしかったです。役者の演技力、物語の内容、小道具、大道具の質。何をとっても、さすが新都一の劇団という感じでしたね」


「なんと、恐れ多い。このことは先祖末代の誉になりましょう」


 座長らしく、演技くさいな、この人。


「それでレイン様、ロレンツォ様、お褒めくださるために、こちらへ足をお運びに?」


 こちらに企みがあると気づいてそうな言葉だな。まあ、そうだし、それをわかってもらえてるなら、話が早い。


「勿論、言葉を贈るためもありますが、お願い事があって参りました」


 ロレンツォに顔を向けると、頷きがかえってきた。


「こちら、金貨200枚になります」


 取り出したのは、水晶を換金して得た全額だった。


「こ、これは?」


 目を丸くしているな。この額、大体、2000万くらい。大金と言っても差し支えない。


「座を運営するにも金がかかるでしょう。ひとまずはこの額ですが、今後も出資する予定です」


「……あの、レイン様は何をお求めで? もしや、レイン様の劇を公演せよ、と?」


 みるからに顔が曇ったな。今までも、自伝を出版したがるおっさんみたいな奴から、そういう依頼があったのだろう。


「いえ、そんな芸術を汚すような真似はいたしません。ただ、公爵領の都市ミレニアに、公営の賭場を中心とした歓楽街ができる、そのことを宣伝してもらいたいのです」


「宣伝? ですか?」


「はい。幕開け前の説明の中でも、終幕後の挨拶にでも、さりげなく混ぜてもらうとか、無理のない範囲でやってもらうだけでいいです」


「はあ。まあ、難しくはありますが、その程度なら。ですが、そんなことで、こんな大金をいただいてよろしいので?」


「ええ、もちろんです。ハペス座を応援したい、という気持ちがほとんどですので」


 ほとんど。ない方のほとんど。


 けどまあ、ほとんどということは、宣伝のため以外にもあるらしいことを自覚した。それは純粋に応援したいのか、義妹であるローレルが世話になるかもしれないという兄心だろうか。まあ、どうでもいい。


「レイン様、感謝いたします!」


 そう感謝されると、なんだか騙してるような気がしてバツが悪い。


 まあ、なにはともあれ、交渉が成立したようで、ほっと胸を撫で下ろした。


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