第5話
至る所から上がる怒声。響く、慌ただしい足音。緊迫した空気が城内を占めている。
ついにきた。魔物の大侵攻が確認されたのだ。
俺は服の裾にすがりついてくる義妹とともに、王座の間を目指していた。
「兄様、何があったの?」
内容は知っているけど、このあとの大芝居のために知らないフリをしておこう。
「父から報らされると思う」
「そう、なんだか怖いよ」
直感に優れているな、この義妹。
「大丈夫だよ、何があっても俺が守るから」
どうだ、この、キラッと歯を輝かせる、妹想いの兄の演技。
「何だか、今日の兄様、嘘くさいよ」
直感に優れているな、この義妹。演技もっとがんばろ。
城内の空気とはかけ離れた、間の抜けたやりとりをしているうちに、王座の間までたどり着いた。
玉座まで敷かれた赤い絨毯を中心に、挟むようにしてお偉方が整列している。
顔ぶれを見る限りでは、軍閥の元帥に幹部、王道派の大臣等と、この国のトップしかいないな。あ、あと玉座に座ってる父。
「レイン、お前がどうしてここにいる?」
ひざまづいたら、父がそう声をかけてきた。
呼び出しを受けていたのは義妹だけで、俺は呼ばれていない。だから、みんな困惑してて気まずい。だけど、ここに居合わせないと恩を売れないんだよな。
演技がんばろ、演技。
「城内の喧騒。ただ事ではありません。それにローレルの呼び出し、何か重大なことを私に黙っているのではないですか!?」
父は、ふむ、と息をついた。父はまだ30代なのに、年老いた王様っぽい雰囲気出すんだよなあ。
「いいだろう。いずれ知ることだ。ここで話すことにする」
と、前置いて話し出した。
「国境に向けて魔物の大群が押し寄せてきていると報告されたのだ」
「そ、そんな!?」
知ってるけども。
「その数、一万とも言われるほどの軍勢である」
「い、一万!?」
実は二万ですけども。
「国境警備隊だけでは守りきれぬ可能性が高い。急ぎ軍を編成しているが、このままでは間に合わず、この国の盾『ソーマ砦』が陥落するおそれがある」
「ま、まさか。そんなはずないです、ソーマ砦は高い城壁があり、装備も整っています。兵士だって猛者ばかり、それに何と言っても、ローレルの父、ロレンツォ将軍が守っているのですよ!」
全部あっさりやられちゃいますけども。
「そのロレンツォ将軍から、援軍を急げ、と伝令が来たのだ。加え、クウェストの戦力では足りぬから連邦諸国に援軍を要請しろとな」
「な!? では急ぎ援軍を送らないと! 連邦からの援軍は間に合うのですか!?」
両方、間に合わんけども。
「急いではいる。だが、さっき言ったように間に合わぬ可能性がある」
「砦が落ちれば、無防備な村や町、この国が魔物に荒らされるのですよ!」
荒らされるんですけども。
「そうだ。だから砦は落とされるわけにはいかん。そこでだ」
義妹が父に目を向けられてびくっとした。
「ローレル。先行して砦に入れ」
あぁ。義妹が目を丸くしてる。何言われてるかわからないって顔だ。まあ5歳、いやもう6歳か。ともかく幼いしわからないだろうな。俺もわからんフリしとこ。
「ローレルはまだ6歳ですよ! 戦えない子供を戦地に送るというのですか!」
「黙れ! レイン!」
一喝された。まあ、うざいわな、そりゃ。さっきから、ぎゃーぎゃー喚かれて。
「砦の兵士の士気をあげるために、王家のものが最前線にいる必要があるのだ。加えて、援軍が間に合わないと知っても、見捨てられていない、と思わせ、最後まで戦わせるためにな」
「そ、その言い方。砦が落とされることを見越しているのでは……!?」
沈黙が流れる。肯定の空気感を覚えたのか、義妹は俺の顔を窺ってきた。
「お兄様、私、死んじゃうの?」
めちゃくちゃいい合いの手。こっから、どう、代わりに俺がいく、って言おうか悩んでたタイミングだ。めっちゃくちゃいい合いの手。
「お父様。私がローレルの代わりに参ります!」
義妹の怯えた顔を見て、決心したような演技。よしよし。みんな、俺のことをハッとして見ているな。美しい兄妹愛にグッとくるだろう。俺も他人だったら、グッとくるわ。
「ならん。お前は元首候補となる身だ」
父は、自分の子を死地に送りたくない、っていう性格ではない。王道派と軍閥派が分かれてる今、欲を言えば王道派から元首候補を立てたいというだけ。まあ、ローレルがイケるってなったら、すぐに乗り換えるので、深くは考えなくていい。今は俺にしてるだけ。
とはいえ、ここから説得はしなければならない。
「どうしてでしょうか? 私もローレルも同じ王家の子。私が行ってもいい筈です」
敢えて尋ねる。王道派だけでなく軍閥派のトップが揃っている状況で、王道派だからとは言えないはずだ。
「ローレルは女だ」
「生まれ持ったものを言えば、尚更ローレルの方が大切です。彼女には、膨大な魔力量があります。彼女の方が、元首候補として相応しい」
「レイン、気づいているのか?」
「何がでしょう?」
尋ね返すと、父は押し黙り、やがて重い口を開いた。
「わかった。レイン、砦にはお前を送ることとする。明日、人をよこす。それまでに出立の準備をしておけ」
「はっ。承りました」
「では解散とする。各々職務に戻れ」
王の間にいた人らは、ちらちら、とこっちを見ていたが、みんな、声もかけずに、ぱらぱらと帰って行った。
二人だけになった王の間で、ローレルが声をかけてきた。
「兄様、私の代わりに死んじゃうの?」
別に死ぬつもりはない。というか、死にたくないから、出向くのだ。
とまあ、本心を打ち明けたら感謝されないだろう。
「そう、なる、かもな」
「そんな!? 嫌だよ!!」
ガバッと抱きついてきた義妹。温かく湿った感触に、罪悪感を覚える。
うぅ、心が痛い。だけどお兄ちゃん、魔物の生き餌は嫌なんだよぉ。
「ローレル、強くなるんだ。もう二度とこんなことを起こさないよう、強くなるんだよ」
「うぅ、わ、わかった。私、強くなる」
「ああ、兄との約束だぞ」
「ぐずっ、わがっだ」
「あと、俺がローレルの代わりに死地に向かったことを忘れないで、約束だよ」
「ゔん、わがっだ」
「あと、俺がどんなに悪いことをしても、命だけはとっちゃいけないよ」
「わがった」
「あと、できれば悪いことをする前に止めるんだよ、それで、できれば、いい暮らしをさせてあげるんだよ、わかった?」
「わがった」
「大きな一軒家で、可愛いお嫁さんと、おっきな犬とぐーたらな猫と幸せな家庭を築かせるんだよ、わかった?」
「うん、わかっ……た?」
まずい、はてなマークが浮かんだ。
調子に乗りすぎた、ご、誤魔化しておこう。
「じゃ、じゃあ、出立の準備があるからバイバイ!!」
俺は追求されないうちに、走って逃げた。
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