第85話


 地下への階段を下りる。


「ここだとよくわかりましたね」


「物語の記憶があるからな。決起集会が行われるのは、この建物の地下室だってすぐわかったよ」


「どうやら、本当に記憶が戻ったようですね」


 地下室の扉前で立ち止まる。


「まあな、深く愛されていることを自覚させてもらってな」


「それは喜ばしいですし、ほっとします。わざわざレイン様の指示に背き、牢に入れて命を懸けた甲斐がありました。それに、カレンやポンド、チークに町長、ミレニアの皆にも体を張ってもらってのですから、これで間違っていたら申し訳がたたないところでしたよ」


「本当にありがとう」


「なにか言いましたか?」


 照れ臭くて、俺は話を無理やりに変える。


「この扉の先に大勢の敵がいるけど、準備は大丈夫?」


「ええ。ロープはありますので、お任せください」


「戦いに加わらないつもりかよ」


「勿論。あれだけ体を張って、レイン様の訓練をしてさしあげたのに、暴動が起きる前に収めようなんて……」


「元々そういう予定だろ。ほぼほぼ事前に防ぐのが無理だから、訓練をお願いしたわけで……」


「冗談です、私も戦いに加わりますよ。じゃないと、何しにきたのかわかりませんしね」


 ロレンツォの了承が取れたところで、扉を蹴飛ばして開ける。立ち上った埃が後ろに流れ、室内の様子が見えるようになる。


 ワイン蔵みたいに広大な地下室だが、物は何ひとつない。だけど、人が数十人と群れているせいで、広いという感覚はない。


「な、何なんだ、お前ら!?」


 そう言った一番奥にいる男は見覚えがある。3日前の夜、傲岸不遜な物言いをしていた男だ。こいつが反魔法主義のリーダーだな、絵で見たことがある。まあ、だからなんだと言う話だけど。


「ロレンツォ。俺が元首になろうとしていた理由、どうしてわかったんだ?」


「レイン様が人に愛して欲しくて元首になろうとしていたことですか?」


「真っ直ぐ言うなよ、恥ずかしい」


「何をごちゃごちゃ話している!?」


 なんて会話をしていると、怒声が飛んできた。丸かったやつらの目も、いつのまにか敵意の目に変わっている。


「まず最初に思ったのは、この物語のお話に共通点が存在することです」


「共通点か」


「はい。ローレルは親子の愛情。モユ様は妹への姉妹愛。シリル様は民への仁愛。そして、フラン様は、親友への友愛。それぞれの悲劇、背景に愛情が関わってます。加えて、モジュー領のバスティンが凶行に及んだ理由、劇中で明かされぬ理由まで愛情が関わっているとなれば、切り離して考えることは不可能です」


「く、くそ、お前らやれ!!」


 剣を抜いて襲ってくるが、俺たちは戦いながら会話を続けた。


「加えて、記憶が戻ってから、ローレルが元首候補に名乗りを上げるまで。レイン様が言ったことをよく考えたのですよ」


 ロレンツォが手首に蹴りをあてて剣を弾き、鳩尾に拳を入れる。


「それで? よっ」


 俺は襲いかかってきたやつの手首を捻り、腹に蹴りを入れながら続きを促した。


「ローレルの代わりにレイン様が砦に赴く。これを止めないことが不自然なのですよ。軍閥派はともかく王道派から大きな声があがらないのはおかしい。ですが、修正力は意にそう形であれば見過ごす、と考えれば、納得できたんですよ。よいっしょ」


 ロレンツォが、魔法の風で敵を吹き飛ばし、壁にぶつけた。


「なるほどな。大侵攻のときに、父から愛されていない、と俺に思わせることになればよかったわけだ。ほいっ」


 俺も殴りかかってくる勢いを利用して壁に敵をぶち当てる。


「はい。決定的なのは、公爵就任ですね。修正力の及ぶ王が、物語から外すような行動をとったのはありえない。これは、レイン様に愛されていないと思わせる方が大事だ、と天秤が傾いた結果にちがいないと気づいたんです」


「うん、きっとそうだろうな。なら、本来は何故父から愛されていないと俺は知ることになるんだ?」


「レイン様は王の実の子でない、と、ローレル派遣に反対する軍閥派の声を耳にするんですよ。レイン様は子ではないと思う節はありませんでしたか?」


 人を殴り蹴りながらあっさりと言ったロレンツォにため息をつく。かくいう俺も、殴り蹴りながら答える。


「そりゃ、しょっちゅう。でもまあそうか。それなら『レイン、気づいているのか?』っていう大侵攻前の父の言葉、あれは政情じゃなくて、実の子ではないと気づいているのか? って意味か」


「おそらく。レイン様の御母君が、部屋から出てこない方だったというのも、それが理由かと。不義理の結果、部屋から出ることを許されなかったのかもしれません」


「曖昧だなあ」


「はい、ですがそれで十分。幼い子が、父から愛されていないかもしれない、という考えにいたるには、真偽はともあれ十分すぎる理由でしょう」


 なるほどな。っと蹴飛ばす。


「今度は私からお尋ねします」


「何?」


「レイン様はお気づきだったのでは?」


 剣をさばき、ナイフをさばき、二人気絶させて答える。


「いや。でも、かもしれないとは思っていた」


「やはり。そうでなければ、私にピンポイントで二つのヒントを出すことはできなかったでしょうし。ですがそれなら、何故、愛情を注いでくれ、と言わなかったのですか?」


「闇に落ちていく俺を留めたのは、皆の存在かもしれない、ということには気付いていた。だから、もし聞いて、俺に愛情がないと知れば、完全に人格の修正が入って、俺は悪役のレインクエストになる。このままの俺、というか俺ならきっと、フランたちを救おうとすると思う。そういうわけで救う前に、どうしても聞くわけにはいかなかったんだよ」


「なるほど。だから、科学の知識があれば伝えるだろ、と妙に自信ありげだったのですね」


 ああ、それに、と、リーダーを、最後の一人を気絶させて言う。


「俺のことを愛しているか、なんて聞けるわけないだろ」


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