第53話
喉が乾いて目を覚ます。
眠気まなこに見た部屋の中はまだ暗く、夜が明けてないことを理解する。
ベッドから出ると肌寒い。少し震えながら、廊下に出た。
微かに風を切る音が聞こえる。何度も聞いた音だが、まさかそんな筈がない、と中庭を見下ろす。
眠気が一気に吹き飛ぶ。
暗い中庭でただ一人、シリルが剣を振っていた。
嘘だろ、まだ夜も明けていないぞ。ロレンツォに負けた翌日で気負うのはわかるが、だからってこれはやり過ぎだ。
慌てて止めに走るが、途中で止まる。
シリルは、皆の期待通りの王子様のシリルであろうと努力している。そこに、やりすぎだ、なんて水差すようなことを、王子様扱いした俺が言える立場じゃない。
それに、努力を止めさせたことが原因で、もしシリルが皆の期待に応えられなかったとする。その結果、ロレンツォが言ったように尻尾切りにあったりした時、遠く離れる俺はシリルに何もできない。
結局、このまま俺が関わらず、主人公に救われるその時を待つことが一番。俺にとっても、シリルにとっても一番いい。
……わかってはいるんだけどな。
重い足取りで部屋に戻った。
***
朝からの授業が終わり、昼食。用意されていた部屋では、ロレンツォが席について俺と食事を待っていた。
「レイン様、お勤めご苦労様です」
「ああ。勤め、ってほどでもないけどな」
「そうですか? お疲れのように思えますが?」
どうやら顔に疲れが出ていたようだ。もしかしたら、シリルのが移ったのかもしれない。
授業中に見たシリルの顔には、明らかに疲労が浮かんでいた。それも当然で、元からハードなスケジュールに加え、明けないうちから訓練励んでいたのである。あの様子だと、訓練だけでなく他の面も無理してそうだ。
俺は「まあ、たいしたことないよ」と言って席に着く。
「帰るまであとどれくらいだっけ?」
「今日で私が来て3日ですので、4日後になります」
そうか。ロレンツォが来たのは人形劇の翌日。3日後の人形劇の後、帰宅か。短い。
「なあ、ロレンツォ。もう少し、デインヒルに滞在したい、って言ったらどうする?」
「それは困りますね。今回は私一人ではなく、体裁のために多くが連れ添います。今更、日程の変更などできません」
「だよなあ」
やはり俺は遠く離れなければならない。何かあった時に、助けられる位置にはいられない。
「何か、帰れない理由があるのですか?」
「いやない、なんとなく言ってみただけ」
「そうですか。それならいいのですが……って何やら外が騒がしいですね」
ロレンツォがそう言って初めて気づく。ぼーっと話していたからわからなかったが、確かに外から誰かの大声が部屋の中まで届いている。
「何なんだろう? ちょっと窓開けてみるね」
立ち上がって窓を開け、耳を澄ませた。
「こんの馬鹿どもがあ!! 儂の言うことを聞かんかったら!! デインヒルは食糧不足で苦しむぞ!!」
「ああ。こういう変な人。クウエストにも、時折現れますよ。門兵は大変ですね」
「……」
「レイン様?」
わ、わ、わ、忘れてたぁ。
「急ぐぞ! ロレンツォ!」
「え、何を?」
「あの声の主のもとに行くんだよ!!」
「ええ……」
俺は部屋を飛び出して城門まで一直線に走る。
「いいのか!? 儂を無視すれば、この儂を無視すれば、デインヒルが滅ぶぞ!!」
「もういい。老人だからと遠慮するな、追い返せないなら牢に……」
「ちょっと待った!!」
門兵が老人を拘束しようとしたギリギリのところで、俺は叫んだ。
驚いた門兵の手が止まるのを見て、俺は安堵して膝に手を置く。肩での呼吸が少し落ち着くと、俺は近寄って声をかけた。
「貴方、お名前は?」
「何じゃ、このガキは?」
「貴様!! レイン王子に何という言葉を!!」
「ふん、クウエストから来ていると言う王子か。他国の王族なんぞに畏る必要もないわ」
激昂する門兵を手で制して、もう一度尋ねる。
「お名前は?」
「な、なんじゃ。ザートじゃが、それがどうしたというのじゃ」
「ザートですか。貴方は何をしに、ここまで?」
「このままではデインヒルの作物が死ぬ。それを王に直訴しにきたのじゃ」
「そのお話、お聞かせいただいても?」
そう尋ねると、門兵の顔色が変わった。そりゃそうだ、戯言だと思っていても万が一がある。他国のものに弱み、国の大事になりうる弱みを見せられないのは当然だ。
「そ、そのレイン様? それは少し……」
だから戸惑うのはわかる。だが、ここは強気で押し切る。
「この者の話を聞きに町へと出る。護衛は……ちょうどロレンツォが来た。じゃあ行ってくる」
「何を儂の意思に関係なく決めておるのじゃ!」
そう言う、ザートにささやく。
「このままじゃ、追い返されるだけですよ。でも、私にお話しくださった上で、内容がたしかならば、謁見できるよう取り計らってもいい」
「……本当か?」
「国の代表が約束を違えることは許されませんよ」
「ならば、信用してやる。では、行くぞ。たっぷりと聞かせてやる」
ロレンツォが合流すると、戸惑う兵士をおいて町へ出た。
それから適当な宿屋の個室に入って、ザートの説明を聞く。
「……で、あるからして、寒冷に耐性を持つ同一品種ばかりを生産してきたデインヒルの農業では、病に弱いという危険性があり、他にも土中の栄養素が減ることにより……」
話は理解できない。だが、このザートはゲームにデインヒルを救う役割の人間だ。
「ロレンツォ、どうだ? 言っていることは正しいか?」
長々と数時間、ザートの説明を聞き終えると、ロレンツォに尋ねた。
「ええ。そうですね、この資料が本物であれば、言っていることは間違いないかと」
資料に目を向けていたロレンツォがそう言ったので、ザートに尋ねる。
「本物だという証拠は出せる?」
「ああ。無論じゃ」
ザートの目にも口調にも何のブレがない。普通なら信用できないが、ゲームの知識がある俺は信用してもいいと思う。
「じゃあ、本物だという証拠はロレンツォが精査した上で、王様にかけあってみよう」
「わかりました。ちょうど私に帰省についての諸々の打ち合わせで、デインヒル王と会う機会がありますので、その際に話してみます」
「俺もその打ち合わせに行くよ」
「いえ、他に優先したい話もありますので、この話だけのためにレイン様をお呼びしてはお待たせすることになります。それは相手にもレイン様にも失礼になります」
「そっか。なら、許可が取れなかったら、俺がまた行くよ」
「ええ。それがいいかと」
話が決まると、ザートが口を開いた。
「恩に着る」
「いえ。気にしないでください」
俺がそう言うと、ロレンツォはペンを手に取った。
「では決まったところで、後日、成否をお伝えしたいので、ご連絡先を……」
ロレンツォがペンを走らせるのを見ながら思う。
これで、全ての目的を達成した。
これで、去るのに何も問題がなくなった。
これで、何の憂いもないはずなんだ。
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