第40話


「これで午前の授業を終わります。今日お集まりの皆様方にはお食事を用意いたしましたので、移動をお願いいたします」


 ガヤガヤ、ざわざわと、貴族の子女たちが移動し始める。入り口に人が集まっていくのを遠巻きに眺めながら、シリルの位置をたしかめる。


 授業中は、シリルに視界内に入らないでくれ、と嫌われてる以外の理由で怒られたので、実践していたが、ずっと続けるわけにはいかない。アピールの方法を考えるための情報収集をするには、接触して相手を知ることが一番。


 言われたことを気にしていたら破滅の未来しか待っていないし、なんとかシリルとコンタクトをとろう。


 そう意気込んで、俺はシリルに近づき、声をかけた。


「シリル様、昼食の席、伴にしてもよろしいでしょうか?」


「うん、少しだけ待ってくれるかい?」


 そう爽やかな笑みで言われたので、黙って待つ。ホールから他の人がいなくなると、シリルは、ふぅ、と息をついた。


 そして、顔を真っ赤にして手をわちゃわちゃさせた。


「ダメダメダメダメ! ドキドキで味がしないし、喉に通らなくなっちゃうよ! お腹一杯か!? 胸一杯か!? とにかく、ご飯はダメ!」


 そう言い残して、シリルはぴゅーっと去っていってしまった。


 ***


 午後からは剣術の訓練。一通りの型が終わったあとに、練習試合が始まった。


「キャー」


 黄色い声を浴びているのは勿論シリル。体格のいい男相手に、模擬のレイピアで圧倒している。ローレルほどではないが、なかなかの腕だな。


 シリルの突きを後ろにかわした拍子に、男は尻餅をついた。シリルが追い討ちで剣先を突きつけて勝負が決まると、さっきよりも大きな黄色い歓声があがる。


「大丈夫かい?」


 そう剣の代わりに手を差し伸べたシリルに、さらに大きな黄色い歓声があがる。


 ほんと、王子様って感じだな。


 倒された男も、姫に手を差し伸べられて照れるでもなく、光栄だーって顔してるし。


 それはともかく、シリルに接触しないと。


 シリルが対戦を終えて、次は誰だい? って顔をしているし、剣の技量を知っておく、という情報収集の面からでも、ここはいくべきだろう。


「剣術の訓練、お相手してもらってもいいですか?」


 俺はシリルに近づいて、そう尋ねた。


「ハハッ。嬉しい申し出だけど連戦は疲れるね、ちょっと休憩に付き合ってもらってもいいかな?」


 シリルが踵を返して、人から離れていくので、俺は黙ってついていく。


 壁際まできたところで、シリルがくるりと振り返った。


「無理だよ! 剣投げ捨てて、守って欲しくなるもん! それで、片腕で抱かれて、ふにゃああああ! だからダメだぁ! いや、ダメじゃなくてむしろいいからダメ!!」


 どっちやねん。まあ、ダメなんだろうけど。


 シリルは俺の脇を通って、戻っていった。その後、俺と対戦しないためか、適当な相手の連戦を申込続け、へろへろになっていた。


 ***


 剣術の後は、基礎科目の授業。


 一番前の席で立って、先生の質問に答えているシリルを、後ろの席から眺める。


 先生の質問に正確に答えているし、学業の面でもシリルは優秀か。


 そんなシリルには毎度の如く黄色い声、は流石にないが、女の子からのうっとりとした視線、加えて、男の子にも憧れの人に向けるような眼差しを送られている。


 ほんと、人気だなぁ。


 こんだけ好かれてるんだから、その気になれば、男でも女でも、恋愛する相手くらい簡単に見つかるだろう。それがどうして……いや、王子としてのシリルを好かれても嬉しくないか。恋愛に結びつけるのは厳しい、か。


 ん? あれ? これ、使える、か?


 俺がその他大勢と同じように、王子としてのシリルに好意を見せれば、女の子として見ていないアピールになる。


 うん、いけそう。


 現に、その他大勢は、あのくそチョロいシリルに恋愛感情を持たれていない。


 それに、そうしたとしても嫌われないだろう。好きでいてくれる人間を嫌いにはならない、なるのは相当難しいはずだ。


 じわじわと歓喜の震えが来る。


 情報収集から入ってよかった! ほとんどの情報は役に立たなかったけど、観察し続けたおかげで、こんな名案が思い浮かぶなんて!


 よしよし、あとは行動あるのみ。


 うずうずしながら、授業が終わるのを待って、俺はシリルの元へ急ぐ。


「さっきの授業、見事に答えてらして素晴らしかったです! そこでわからないところがあったので、教えてもらっても……」


「あーうん、そうだね。ちょっと待ってもらってもいいかな?」


 室内から皆が出ていくと、シリルは涙目でまくしたてきた。


「教えない!! むしろ、この胸の高鳴りの正体を教えてよ! というか、何でことあるごとに近づいてくるんだよぉ! ただでさえ、女の子にならないように必死なんだから、近寄ってこないでっ!! 溶けちゃう!!」


 シリルはパタパタと走り、一回転んで、部屋から出て行ってしまった。


 俺は一人残された教室で、がくりとひざから崩れ落ちる。


 せっかく良いアピールを思いついたのに、その時間が取れないんじゃ、意味がないじゃないか……。

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