第39話


「レイン殿が我が国に留学されたことを非常に嬉しく思う」


 なんて王様から直々に言葉をもらった後、簡素なパーティに出席。その間、シリルと会話することもなく留学初日は幕を下ろす。


 そして、二日目。この3ヶ月の意図は国家間の友好維持だが、名目としては、あくまで留学。朝食から少しして、俺は授業に参加した。


 最初に行われたのは、ダンスの練習。初日だからか知らないけれど、王城のホールを使っての大規模なもの。礼服に身を包んだ俺とシリル以外にも、同年代の貴族の子女らしき方々が参加していた。


「それでは、シリル様。皆様がたに、手本をご披露ください」


 と、先生の言葉がかかって、シリルは前に出た。


「わかりました。では、レディー、あなたにパートナーをお願いしてもいいかな?」


 シリルが女の子に向けて手を差し伸べると、薔薇の花びらが舞ったような気がした。そんな感想を抱いたのは俺だけではないのか、きゃー、っと黄色い悲鳴があがる。


 今日のシリルは平常運転で安心。


 四六時中デレデレ状態なのは色々と心配していたが、案外そんなことなかったな。俺と二人の時には遠慮がなかったが、その時以外は平静に振る舞っているように見える。それが悠々なのか、必死なのかはわからないけれど、今も、人前であれば普通だ。


 そのまま普通でいてくれればいいんだけど、そんなわけにはいかないことはわかっている。


 女の子として見ていない、とアピールしないと。でも、どうやって?


 いきなり「お前のことなんか、女として見てねーよ!」と言うわけにはいかまい。やばいやつとして見られるだけならいいが、嫌われてしまっては意味がない、どころかかなり不味い。


 ゲームでの俺は、どちゃくそ嫌われる。飢饉に陥った経験を持つシリルの目の前で料理を床にぶちまけ、「飢えているのならばこれでも食らうがいい」と言い放つなどなど、食に対しての嫌がらせや、シリルが試験に使っていた畑を枯らせるなど、悪逆非道の限りを尽くし、どちゃくそ嫌われる。


 結果、俺の犯罪がバレて牢に入れられたあと、一週間食事を抜かれ、飢えたところに残飯を床に落とされる。それが毒入りだと知らずに、地に頭をつけ謝罪と感謝をしながら犬のように舐めるところを、嘲笑される。といった悲惨な末路を辿る。


 うう、それだけは避けたい。


 そのためにも、変に逸って、アピールの仕方を間違えてはいけない。


 うん、慎重に行こう。何はともあれ、まずは情報収集からだ。シリルの生態調査をすれば、何が効果的か、いい方法が思い浮かぶかもしれない。


「キャー」


 そんなことを考えていると、また黄色い悲鳴が上がった。


 見ればシリルが女の子を支えて見つめ合う体勢。この悲鳴は、シリルの容姿が優れているだけでなく、ダンスが上手ということも挙げられるだろう。


 なるほど、シリル科シリル目シリルは、ダンスが得意、と。メモメモ。


 やがて、ダンスが終わると、大きな拍手が起きた。


「ありがとうございます、シリル様。ええ、皆さんに見てもらったこのダンスを今日教えていきたいと思います。その前に、レイン様、前に来ていただいてもよろしいでしょうか?」


 お呼びがかかったので、前にいる先生のもとへと歩く。


 すると、所々から「あの人がレイン王子?」「美しいですわ」「あいつ、男だけど、なんかエロい」「なんだこのそわつきは、相手は男だぞ」だの、と聞こえてきたので、声を避けるように足を早める。


 前に出るとシリルと目が合う。その瞬間、ぎゅいん、とシリルが首を横に向けた。何だ、その反応。


「クウエストからお越しいただいたレイン様です。留学にいらっしゃってますので、時折、皆と授業を受ける機会があると思います。くれぐれもご無礼のないよう、よろしくお願いいたします」


 はい、と返答するのもおかしいので、皆々様からは声がない。ただパチパチと拍手が起きる。いや、それも変じゃないのか、とは思う。


 それから、俺が簡単な挨拶を終えると、授業が始まった。


 適当にあてがわれた女の子と、先生の言う通り、ダンスの練習をする。


 手を引きながら、ステップを踏む。言われた通りの振り付けを、ぎこちないながらになんとかこなす。


 案外、ダンスって難しいな。それにそこそこの距離を移動するから疲れる。なんて、授業の感想を語っている場合ではない。


 ダンスなんてどうでもいい。今はシリルの観察だ。


 シリルを探すと、遠い位置にいた。ここからじゃ見づらい、どうしよう。


「皆さんできるようになってきましね。それでは皆様、通しでダンスしてみましょう」


 いいタイミングだ。


 不自然にならぬよう、手を引きステップを踏みながら近づいていく。


 ようやく近くまで来ると、シリルはするすると華麗なダンスで遠ざかっていった。


 ああ、せっかく近くまで来たのに。


 いや、めげるな。もう一度行こう。


 再び近づいたら、また遠くへ行ってしまう。諦めるかぁ、いやもう一度、と近づいた時だった。


「レイン君、ちょっといいかな?」


 ダンスを止めたシリルが、爽やかな風が吹きそうな感じで尋ねてきた。


 やばい、露骨すぎたか。もしかしたら、キモがられたかもしれない。身を引かれるのは歓迎だが、悪印象になることは避けたい。


「あー、えっと」


 なんて言い訳をしようか、考えている間に、シリルが俺のパートナーにウインクをして、キラッと星を飛ばした。


「ごめんね、君のパートナーを少し借りてもいいかい?」


「は、はひぃ」


 シリルは、顔を赤くしてへたりこむ女の子に、ありがとう、と告げ、俺の手を引いてきた。


 シリルに連れられるがまま、ホールを出る。扉が閉まると、シリルは真っ赤な顔で口を開いた。


「好きになっちゃうから、視界に入ってこないでよぉ!」


 さすがにそれは知らんわ。

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