第51話
「レインくん、私が前に言ったことは覚えてる?」
ぴた、と足を止めたモユに尋ねられる。
「前言ったこと?」
「うん。上手くいかないことに、レインくんたちを巻き込んじゃったのかなって」
「ああ、言っていたけど上手くいったと思うけど?」
「このまま何も起きなければね。水瓶の話は覚えてる?」
たしか話したような気がする。
会話を思い出すべく、記憶を掘り起こす。
***
「晴れてる日に外に水瓶を置いて、明日までに水がたまらないと、ひどく苦しい状況。で、外の音が何も聞こえない部屋に篭る」
「うん」
「部屋の中にいる間、水が溜まることを信じることに意味があるかな?」
「何その哲学的な問い?」
「あはは。で、答えは?」
「まあ信じて雨が降るとか、そういうのは考えられないけど、心に平穏はあるんじゃない?」
「やっぱ、信じても雨は降らないかな?」
「家令を信じて雨が降った?」
「だよね。本当にこれが最後だ」
***
とまあ、そんな感じの話をしたように思う。
「それがどうかした?」
「うん、何のこっちゃ、と思うだろうから、一から話すね」
モユはゆっくりと話し出す。
「まず、ボクは学園に入るまでに王家入りした。サドラー国から元首を出すために若くて実績のある人材を選び、選出されようって目論見と噛み合ってね」
「うん、それは聞いた」
「で、まあ、なったわけだけど信頼をおける人間が少なくてね。血筋だったり、やっかみだったりで、ボクが信頼を置けて優秀な人間といえば限られてる」
薄々何の話かわかってきたが、黙って続きを聞く。
「元首を目指す上でそういう人間は必須。だからボクはエルが大切なんだけど、まあそうはならなそうって話でね」
「エルがモユを裏切るってこと?」
「うん。きっと彼女が大切に思っているのは今のボクじゃない。彼女の後ろについて周り、庇護欲を満たし、自尊心を高めるボクなんだ」
「それは……まあそうかも」
モユが言っていることには俺も思い当たる節があった。
エルが幼いモユのことを嬉しげに語る姿は見たし、俺にモユを守ることに拘り強さの理由を聞きにきたりもした。そういうエルに対して俺は歪んでるという感想を抱いたことも覚えている。
「でね、エルはここ最近、自分の力不足を日々感じてる」
うーん、それもそうかも。研究ではあまり貢献できてないし、この前話した時にどうしてアルとモユは頑張り続けられる? なんて聞いてきたからなあ。それで魔法自体も成功しちゃったものだから力不足を痛感しちゃったのかもしれない。
エルが言った『私とモユはもう……いや』という言葉は、私とモユはもう埋められない差がある、そう言いたかったのかもしれない。
「そんなエルがどうするか、レイン君はわかるかな?」
以前、研究に切り替えたときのことを思い出す。
彼女は、成果物を確実に提出できる研究を最初推していた。だが研究に切り替えるとき、ダンジョンに潜る方法を最後まで選び続けた。
それはきっと、モユの失敗をどこか望んでいたからではないか? モユが失敗すれば昔のモユを取り返せる、そう思ったのではないか?
だとしたら、埋まらない差を痛感した今ならエルはどう動くか?
簡単に想像がつく。
「足を引っ張ろうとするかもなあ」
「だよね。ボクも大切な友達のエルを信じたいけれど、きっと祈っても水は貯まらない」
そう言ってモユは魔導書を取り出した。
「着替えてる時にすり替えて、研究室にはダミーを置いてきた。きっと今頃、エルはそれに何かしてるだろうね」
「それで遊びは終わりってこと?」
「うん、友達ごっこは終わり。今から現場を押さえにいく」
「俺に上手くいかないかもしれないって言ったのは、エルがやらかすかもしれなかったからか」
「そういうこと。負け戦に付き合わせちゃうかもしれないのに、黙っててごめんね」
別にいい。黙っていたことも事情があってのものだし、ダミーを置いてきたのも負け戦にする気がないことだからいい。
良くないのは二つ。
モユが友人を失ったことへの悲しみを隠せず、目が潤んでいること。
そしてもう一つ。
「い、一個確認してもいい?」
「うん?」
可愛らしく、小首を傾げたモユに尋ねる。
「それ、本当に本物の魔導書?」
「え? そうだけど?」
「ちょっと使ってみるね?」
俺はモユの手にあった魔導書を借りて魔力を流し込む。
しかし、魔法が発動する気配は一切なかった。
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