第21話


 部屋から出て一人になると、落ち着きが戻ってくる。


 どうなってるんだ、一体?


 扉に背を預け、そのまま滑るように座り込む。


 アルが女だった。それは主人公が女だったということだ。


 俺が最初から誤解していたのか? 


 いや、ゲームでは間違いなく、アルが男で主人公だった。


 記憶違い、というのも考えにくい。今まで俺の知識が間違っていたことはなかったのに、この一点だけ違っていた、と考えるには無理がある。


 久しぶりに感じる猛烈な違和感。嫌でも修正力という単語が頭に浮かぶ。


 アルを女にすることによって、物語が成立するように修正力が働いたのか?


 そうである可能性も高いが、そうとは言い切れない。


 俺と出会った時は男だったと思う、自らを宿の主人だと名乗っていたし。だが、確認してもいないし、男であったとは断言できない。だが男であったとは思……違う。


 脳が高速で回転し始めるのを感じる。


 生温かった自分が消えていく感覚を覚える。


「レインさん、入ってきてください」


 アルの声を聞くと、すぐに部屋を入った。


「あの、お話したいことが……」


 平服に着替えたアルの言葉を遮る。


「訊きたいことがある。アルはいつから女だ?」


「えっ、え!?」


「いつから?」


 戸惑いながらアルは答えた。


「そりゃ生まれた時からですけど」


「なら、男として振舞わないといけない、そう思っていたのいつまで?」


「えっ、何でそんなことまでわかるんですか?」


 図星の様子。


 今まで修正力は物理的ではなく精神的に関与してきた。


 当時、修正力の影響下にあった俺が疑うべくもなくアルを男だと信じ切っていた。


 エラーはゲーム知識がある俺ただ一人だ、と無意識に決め付けていた。


 それらから俺が導き出した答え。


 それは、女として生まれてきたエラーを、男として振る舞うよう修正されたというもの。ゲーム知識のあるレイン・クエストというエラーが、記憶の消去で修正されたようにだ。


 そしてそうだとするのならば、修正力から解放されたアルは、男として振る舞わないといけない、という思いがなくなっているはず。修正力があるのならば、未だに男だと思わなければいけない、と感じているはずなのだ。


「いいから答えて」


「レインさんがいなくなってからですかね? それまでは何故かわかりませんけど、男として振る舞わないといけないと思ってました」


「でも今も男装してるよね?」


「は、はい。これについて話したくて、実は受験枠が男子一人しか空いてなくて、渋々、男の子のフリをしてまして」


 なら確定だ。修正力は存在しない、仮にあったとしても、充分自分の意思で対抗できるレベル。


 そうなると今まで出来事が修正力の影響であったという線が消え、道から外れていないため、定められた筋書きを辿っているというになる。


 で、あるならば、アルのハーレム計画を実行する必要がある。そのためには、物語通りのイベントをおこし、俺自身が修正力になることが必須……あれ?


 アル、女だよな?


 ……ハーレム、出来なくね?


「だから、レインさんに僕が女だと言いふらされるわけにはいかなくて……」


「ひょげえ」


「れ、レインさん!?」


 涙に視界が歪む。泡をぶくぶく吹きながら、床にでろーとねそべって芋虫になる。


 終わりだ、もう俺はあの4人にボロ雑巾にされる未来しかないんだ。


 ごめん、ロレンツォ、みんな……。


「大丈夫ですか、レインさん!」


「無理……」


「無理!?」


「……ちょっと夜風にあたってくる」


「え、あ、え? いやちょっと、まだ僕、さっきのこと……」


 すっと立ち上がり、アルを無視して部屋から去る。


 ふらふらと階段を上り、屋上へ出る。


 空はすっかり紺碧に変わっていた。冷たい風に吹かれながら、輝き出した星を体育座りで眺める。


 どうしよう、これから。


 修正力に対抗できると知った今、学園にいることに問題はない。


 連邦への恭順の意として、公爵が一人、連邦が管理する新都の学園にいる、つまり擬似的な人質状態でいることは、ミレニアの得、というか滅ばないためには必須になる。


 わかっている、だが、このままでは、4人の元首候補のうち勝ち取った一人以外に殺されてしまう。むしろ、勝ち取った一人にも殺されてしまいそう。


 逃げるか、いや、それはできない。


 なら、心を決めるしかないか。


 アルに代わって、良好なハーレムを築く。


 苦難でしかないが、やるほかあるまい。他に選択肢がないのだ。


「よし」


 長いこと考え事をしていたせいか、気づけば、見えなかった星々が空に煌めいている。


 ここでゆっくりしていても仕方ない、と立ち上がる。


 まずはアルに謝りに行こうと思った時、屋上の扉が開いた。


「レイン」


「フラン?」


 尋ねると、フランは少し笑って近づいてきた。


「ねえレイン、少しお話しようよ」


 そう言ってフランは歩き、屋上の柵に肘を預けた。


 もしやアルの裸を見たことがバレたのか、と思って逃げ出す準備はしていたが、にしては落ち着いているのでバレてないと安堵する。


「何?」


 帰るに帰れない空気だったので、俺も隣に並んだ。


「アルから聞いたよ。経緯は知らないけど、女の子だって気づいちゃったんだって?」


「あー、うん。まあ」


 フランは首を横に倒し、魅力に溢れた綺麗な顔を向けてきた。


「そのこと誰にも話さないでほしい」


 話すつもりはないけど、と言う前に、フランは続けた。


「私さ、学園生活を楽しみにしてるんだよ」


 静かに、それでいて心底嬉しそうに話す。


「レインとアルとイベントを開いたことはさ、私にとって苦しい、辛い思い出なんだ」


 けどさ、とフランは、キラキラに輝く星々を眺めた。


「どうしようもなく楽しかったんだ。どうしようもなく輝いた思い出でもあるんだ」


 キラキラの笑顔。フランという美少女が浮かべるそれは、どうしようもない魅力に溢れていた。


「これから月末課題が始まる。またあの時みたいに輝いた日々を送りたいなって私は思ってる。だけど、バレたらアルは退学になっちゃうし、私も罪を負うかもしれない。そうなったら月末課題どころじゃなくなるし、そんなの嫌だ」


 だから、とフランは上目遣いしてきた。


「言わないで、もらえるかな?」


「もちろん」


「そっか! ありがとう!」


「うん、じゃあねフラン」


「うん! 楽しみにしてるね!!」


 屋上を去りながら思う。


 おっっも。俺にはやっぱ無理。百合ハーでもええやろ。



 ***


 教壇に立った教師が口を開く。


「ええ、これから月末課題の班を決めたいと思います。希望制になっていますので、決まった方は挙手を」


「はい!」


「レインくん、では希望の班を伺います」


「俺とアルは、モユ・サドラーさんの班を希望します!」


「殺すしかない」

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