第36話

 はっ、ダメだ。落ち込んでる場合じゃない。


 手の打ちようがなかったが、諦めるにはまだ早い。こいつ、今までよく誰にも惚れずに生きてこられたな、なんて感想もまだ早い。


 まだ一発入っただけ。顎に入ってぐらぐらしているが、KOはしていない。


 大丈夫、ここから何もなければ、シリルも『好きっ!』ではなく、『ああ、あそこの王子、見た目は良かったよね』程度になるはずだ。


 そうと決まれば、恩を売る際に再び会えるように、雑談の中で自然に約束を取り付ける。そして、すぐ切り上げてしまおう。


 よし、細心の注意を欠かすなよ。


「あー、こほん。シリル様?」


「な、なんだよ! 別に惚れてなんかないからな!」


 いやそんなこと言ってませんし、と返そうと思ったがやめた。嵌められた、とリアクションされて、私好きなんだ、と自覚される可能性がある。普通に考えれば何京分の一だろうが、こいつ相手に普通に考えてはいけない。だから、ここはスルーして雑談につなげる。


 いいぞ、細心の注意ができてる。


「お声をかけてくださりありがとうございます。お側の方がおられないのは、どうしてでしょうか?」


「え、ああ、うん」


 シリルは拍子抜けといった表情ののち、再び王子スマイルにもどった。


「国の未来を担う立場の君と二人で話がしたかったんだ。同じ歳の君がどう考えているのか、ね」


 キラキラっとしたシリルを見て思う。


 いや、今更そのキャラで行くのは無理やろ。


 とはつっこむまい。本当の私が女の子だと知ってる!? 女の子扱いされてる!? などと繋げられてしまうかもしれない。


 いいぞ、いい調子だ、俺。細心の注意ができている。


「そうですか。私もデインヒルの王女と……」


「お、王女!? お、お姫様!? お、女の……」


「ではなくっ!! 同年齢の国の未来を担う方とお話がしたい!!! そう思っておりました!!!!」


「あ、そ、そうか。うん、気があって嬉しいよ」


 キラッとしたシリルを見て酷く疲れる。危ない、ワンミスが命取りになるところだった。


 だが、何とか取り戻せた。やれる、俺なら、この状況を切り抜けられる。


「でさ。君に聞きたいことがあるんだ」


「はい、何でしょうか、シリル様?」


「君はこの誕生日会、どういう意図で開かれてるか、わかっているのかい?」


 勿論、未来の元首候補ローレルの周知のため。しらばっくれてもいいが、そうする理由がない。それに、あまりに勘が鈍いと思われても、人材紹介の際に障害ができそうだ。


 うん、ちゃんと答えよう。流石にこんな恋愛と遠い話題から、女の子扱いには繋げられないだろうし。


「もちろんです。ローレルを元首候補としたことを周知させる、意図としてはそんな所でしょう」


「わかっているんだ。なら君はそれに文句はないの?」


「文句、とは?」


「君は王子で、彼女は王女。そこに思うところはないのかな?」


 ぴきり、と凍って時間が止まった気がした。


 あれ、この質問、された時点で詰みなんじゃ?


 実際、何も思うところはないし、叛意を示すわけにはいかないから、ローレルを応援している、としか言えない。だが、そう答えることは、シリルに女の子でも元首候補になっていい、つまり、シリルは女の子でもいい、と肯定することになる。


 王子であることを強いられてきたシリルにとって、女の子でいい、と認められることは、とてもとても嬉しいこと。惚れてしまう可能性は、シリルでなくとも、ありうる話であって……まずい、まずすぎるっ!!


「? どうしたんだい?」


「い、いえ! 何も!」


「そうか。じゃあ答えを聞かせてもらってもいいかい?」


 真っ直ぐに目を向けられて、逃げられないと理解する。


 くっ、答えるしかない、か。


「別に思うところはありません。大切なのは立場、性別なんかではなく、人のために何が出来るか、そこだと思います」


 い、言ってしまったが、シリルの反応はどうだ?


「そうか。いい話を聞かせてもらったよ」


 あれ、案外普通のテンション、むしろ澄ました感じ。


 考えすぎだった?


「それじゃあ、私は行くことにするよ」


 踵を返して去ろうとするシリルを見て安堵する、が、まだ恩を売る際に再び会う約束はしていないことを思い出して慌てる。


「お、お待ちください」


「無理だ」


「え?」


 シリルは少しだけ振り返って、消え入りそうな声で言った。


「……恥ずかしくて、一緒にいれるはずないだろぉ」


 ちら、とだけ見えたシリルの顔は、林檎より真っ赤になっていた。


 去っていく彼女の背中を見ながら思う。


 わろたー、わろたー、くそわろたー。無理ゲーすぎて、くそわろたー。


「レイン様、シリル姫との御歓談はいかがでし……うわっ、顔色が青林檎みたいに」


 ロレンツォの言葉に、どれほど落ち込んでいるか理解した。

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